【自民党史:前史①】

ポツダム宣言受諾後、鈴木貫太郎内閣は総辞職し、東久邇宮内閣が発足した。初の皇族総理だが、これは国民や軍に終戦を受け入れさせるために皇族の威光が不可欠だったためである。
「一億総懺悔」をスローガンに軍の武装解除、連合国軍の進駐、降伏文書調印などの課題を処理していった。
ところが、GHQから「人権指令」(人権確保のため、治安維持法、宗教団体法などの廃止や政治犯・思想犯の釈放、特別高等警察(特高警察)の解体)などの実行を求められた。東久邇宮は自分の考えで似たような改革を行おうとしていたが、そこにGHQが割り込んできた形になる。GHQによる内政干渉に対する消極的抵抗として、東久邇宮内閣は54日間で総辞職する。これは史上最短記録になっている。

★主な閣僚
外務大臣:重光葵(降伏文書調印時の外相)
     吉田茂(重光の後任)

国務大臣:緒方竹虎

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