【トーハク】呉昌碩から書という芸術を学ぶ(最後に)
東京国立博物館の東洋館 8室では、2024年1月2日(火) ~ 2024年3月17日(日)まで、 「生誕180年記念 呉昌碩の世界—金石の交わり—」が開催されている。
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2638
書を観るのはとても難しい。
そして毎回思うことだが、自分がここから何を得ているのだろう。
この展示物をきっかけにインプット&アウトプットを試みたいと思う。
3月16日(土)、最後にもう一度観覧した。
「菊盛花図扇面」
きくせいかずせんめん。
この色遣いが呉昌碩ならではだそうだ。
確かに、他の作品もこういった色使いだ。
第一印象はドキリとした。
私には生々しく感じた。
そこに呉昌碩がいるかのようで。
奇をてらっているからではなく、逆にストレートな気がする。
紙を前にしたとき、嘘偽りなく、語っているように思えた。
「秋色斕斑図軸」
しゅうしょくらんばいずじく。
秋の植物である菊と葉鶏頭を用いた作品。
右下におされたハンコは、タテに真っすぐではない。
少し左にふくらみながら押されている。
他の書でも左に膨らみながら書かれたものがあったので、この人の癖なのだろう。
これがないと全体のバランスがまとまらない感じだ。
左上に「年七十有九」とある。
「私はここにいます」と語っているような気がした。
「観自得斎徐氏所蔵印在」
かんじとくさいじょししょぞういんざい。
徐士愷(じょしがい)が呉昌碩の刻印を編集した印譜。
こういう地味な整理はとても大事だと思う。
呉昌碩の刻印研究に欠かせない史料のひとつだろう。
「臨石鼓文軸」
この筆遣いはやや荒々しいのだそうだ。
どんな気持ちで書いたのだろう。
生涯において「石鼓文」の臨書を繰り返し行い、70歳の頃に独特の様式が確立されたとされる。
生涯において篆書を研究して、到達した境地。
ここに来るまでの道のりはどうだったのだろう。
まとめ
「書画篆刻とは?」から始まって「金石とは?」「石鼓文とは?」・・・
拓本や篆刻のやり方、書体の歴史、呉昌碩の生涯をざっと追ってみた。
自分で読みときながら改めての観覧は、ちょっとだけ呉昌碩に近づくことができた。
近づいてみたら、「そこにいる」感じがした。
ちょっとだけ怖かった。
この展覧会は、呉昌碩生誕180年記念事業として、東京国立博物館、台東区立書道博物館、台東区立朝倉彫塑館でも同時開催されていた。
様々な角度で呉昌碩を展示していたようなので、他の博物館でも拝見すればよかったと後悔。
もっと文字の世界に深く知ることができただろう。
おわり。
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