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山梨から提言「インバウンドでもSNSでも地域創生でもなく自分を磨け」2025年、甲府をめぐる表現者たちのリアル

1956年(昭和31年)制定の「首都圏整備法」によれば、首都圏の範囲は神奈川、千葉、埼玉、茨城、栃木、群馬および山梨。この1都6県から山梨を抜くとそのまま関東地方になる。つまり我が国の心臓部にただひとつ関東以外から指定された数奇な県、それが山梨なのだ。

私は東京在住の音楽家だが、2012年に甲府で立ち上げた主催イベント「火と風」のステートメントに「山梨は崩壊の最先端」と書いた。「もし日本が滅びるなら渋谷もシャッター街化する。ならば甲府はそれを先行しているのではないか。同じ先端だからこそクリエイトの価値がある」。空族による映画『サウダーヂ』から得たインスピレーションである。

この着想を起点に文化的な先端と最果てを往復する自分の活動が始まった。それから約13年を経た2025年1月3日、改めて甲府桜座で企画したイベントが「MU-ZINE」。自分が携わる音楽と記者業を山梨独自のパーティ文化「無尽」と掛け合わせたタイトルだが、そのなかで行った公開取材「鼎談:山梨~東京間の文化は今」のレポートをお届けしたい。

登壇者はジャズピアニスト・古谷淳、編集者・望月“Tomy”智久、シンガー/フルーツサンド店経営・CHAMIの3名。山梨~東京、東京の表参道~原宿、甲府の中心街と各現場でサバイブする地元出身の表現者たちが2025年の正月、故郷について考えることは何だろう?

取材&文:小池直也
写真:JUMPEI IHARA

左から古谷淳、望月“Tomy”智久、CHAMI、進行・小池

■インバウンドの良し悪し


――まずは皆さんの自己紹介をお願いします。

古谷淳(以下、古谷):ジャズピアニストの古谷淳と申します。山梨県出身で、中学校を卒業してから30歳までアメリカに住んでました。20年前に帰国して以来、甲府を拠点に活動しています。

望月“Tomy”智久(以下、望月):僕は山梨に生まれ育って、コロナ禍まで山梨と東京を行き来しつつ、10年ほどライターや編集業をやっていました。小池君にトークセッションに呼んでもらったりもしてましたね。コロナ禍を機に東京に行って、今は表参道と原宿のローカルメディア「OMOHARAREAL」に携わらせていただいてます。

CHAMI:私は甲府駅前でCHAMI SANDWICHというフルーツサンドのお店をやってます。その前は山梨英和高校を卒業後に上京、5年間パティシエとして働いてから甲府へ帰ってきて、母が経営するラウンジに勤めていました。

――ラウンジですか? 現在のイメージとかけ離れすぎていて驚きなのですが……。

CHAMI:はい。ホステスとして10年くらい働いていましたよ(笑)。それからコロナ禍のタイミングで「パティシエの仕事をまたやろう」とフルーツサンドの店をオープンしたんです。中学の頃から音楽もやっていて、以前は同じく山梨出身のコンポーザー/ビートメイカーのNew KFUNLETTERSというユニットを組んでいました。今はdevtofuで歌っています。

devtofu

――では、まず古谷さんに2024年、山梨~東京を往復して感じたことなどをお聞きしたいです。

古谷:もうコロナ禍がいつまでの期間を指すのか、ぼんやりしてきてしまいましたが、もう2023年は普通でしたっけ。だから昨年はもうコロナ以降なはずですが、この期間に出来上がった新しい感覚が何をするにも残っているなと感じます。

例えばイベントやライブ、自分の教室の発表会なども含めてコロナ以前には戻れていません。ある東京の老舗ライブハウスでは2020年以前は23時半まで音を出せていましたが、今は21時くらいで終わってしまう。

それから去年7月、新宿ピットインで開催した自分のバンドのレコ発ライブにインバウンド客がたくさん来たのは新しい動向でしたね。いつも「ガラガラだったらどうしよう」みたいな不安もあるので嬉しいサプライズでした。

――桜座スタッフの皆さんによると「山梨県内のインバウンド客は昇仙峡や富士山に行ってしまうので、甲府には来ない」とのことでした。日々、甲府を見ているCHAMIさんはどう思います?

CHAMI:甲府でインバウンド客が多いという実感はありません。1日に3、4 組くらい海外の方がいらっしゃるという感じです。平日は地元の人でもランチの時間だけ会社員の方が出てくるくらいで、街は人がいないのが目立ちますね。とはいえ、金曜日の夜や土曜日の夜は人が多くて「夜サンド」が売れました。ただ2024年は売上的にも厳しい面がありました。

――望月さんのオフィスがある東京・表参道原宿エリアも経済効果がすごいんじゃないですか?

望月:僕の会社のオフィスは神宮前なので表参道、原宿(神宮前・北青山・南青山)に限定した取材をしていますが、インバウンドはめちゃくちゃ増えてますね。下手したら日本人よりも外国人の方が多い。主に経済を回してるのは後者でしょうね。コロナ以前と比べて景色は変わった気がします。

また去年、働きながら思ったのは、賃料が上がって昔ながらのお店が消えているということ。小池君が企画していたイベント「火と風」で「創造の最先端である東京に対し、甲府は崩壊の最先端」と話していましたが、地方で起きていることが原宿や表参道でも起きているなと。中国を始めとした強い資本が街の色を塗り替えている。

コロナ禍の影響もあったかと思いますが、渋谷の百貨店がガラガラ。全然ブランドが入ってなくて、ポップアップ(ブランドなどが企画する期間限定のブース)がやって場所は人がいない状況。渋谷でもこんな状況なんだ、と衝撃を受けました。規模は違うけど、田舎で起きた人がいなくなる現象が東京でも起きているんだなと。

■山梨出身または移住した人たち


――私は10年前ほど前から「甲府はサンリオと『美少女戦士セーラームーン』の発祥地だと発信するべきだ」と主張してきました。それを聞いて甲府のアーティスト・イン・レジデンス「AIRY」に滞在中の外国人クリエイターたちが大興奮していた思い出があります。皆さんが2025年の山梨や甲府で「これは面白そうだ」と感じることは?

望月:山梨出身の面白いミュージシャンは多いですよね。stillichimiyamoshimossさんとか。山梨にバックボーンを持つ人だと、マカロニえんぴつのはっとりさんやヤングスキニーのかやゆーさん、BAND-MAIDのSAIKIさん。小池君のイベントにも出ていたermhoishowmoreハナカタマサキさんなども。

写真家や映像家なら同い年の雨宮透貴くん、NY在住の丹澤遼介さん。モデルの高瀬真奈さんや荻野可鈴さん、さらに小説家なら辻村深月さんもいる。

――ロック的な文脈でいうと昨年5年ぶりに開催された「GIANT LOOP FES」は注目してます。地元のバンド・THE NO EARが主催で、メロコアバンド・NOBのメンバーだった鎌田真輔氏の10周忌を機に始まったフェス。今年もあるみたいですね。

古谷:あと地元のシンガーソングライター・岩崎けんいちさんのライブは信じられないぐらいほどの数の人が集まるんですよ。周りの人が本当に彼を応援してるというのが伝わってくる。この人は本当に素晴らしいから、みんなに知ってほしいな、という思いが。人との関わりを重ねていくのが大事なのかなと。

――山梨に移住するアーティストも増えています。テリー・ライリー氏やドラマーの松下マサナオ氏、もともと出身のマキタスポーツ氏もそう。さらにはソニック・ユースの元メンバーであるジム・オルーク氏も県内在住だし、俳優の山田孝之氏が農業コミュニティ「原点回帰」を企画していたり。

■メディアが光を当てない問題


望月:アーティストにとって「いかに見つけてもらうか」は大事。一方でこれは自戒も込めて言いますけど、エンタメのメディアは東京に集中していますが、彼らにも見つける努力をしてほしい。みんな同じようなネタを追いかけている感じです。新しいものに光を当てていかないとダメ。

――似た話題が多いというのは確かにそうですね。日本のアンダーグラウンドには才能のある人がたくさんいるのに、出てくる人が大体決まっている問題があって、多様性が伝わらない印象。ただ書き手が取り上げたくても難しい業界構造はありますが。

古谷:経済的なことも含めた、エンターテイメントという側面を基準に物事を見たら東京は強いですよね。中央メディアに乗ってYouTubeの再生回数だとか、インスタのフォロワーを増やすのも必要だし、僕らもライブやレッスンで稼がないと生きていけない。でも音楽はそれを基準に語り尽くせるジャンルではないと思うんです。

僕は青森・八戸の音楽グループ・トルホヴォッコ楽団と長い付き合いなのですが、彼らを昨年甲府に呼んだんですよ。ホールもパンパンになるような地元で愛される楽団。東京から出てくる若い子の眩しさとは違う、彼らの放つ光の崇高さといったら本当に素晴らしかった。

僕はそこに可能性を感じました。メディアから取材が来たら断らないと思うけど、そのためのPR活動とかを一生懸命やるとかでなく、普段の生活を大切にしながら自分たちの音楽を育てる姿勢が美しい。

――鋭い指摘だと思いました。僕が昨年書いた記事のなかで最も話題になったのは音楽家と批評家の関係性に関する記事でしたが、今後ますますアーティストの態度が問われていく時代になるでしょう。

――他方でCHAMIさんはメディアに取り上げられるではなく、自分からサンドイッチの情報を発信していますね。

CHAMI:新しい商品が出来たらタイムライン、在庫の様子などはストーリーにガンガン上げています。若い子が親に「まだサンドが残っているみたいだよ」と教えてくれて買いに来てくれる家族がいたりもするんですよ。

あとはお客様が少ない時にインスタライブをして商品の紹介をする感じです。それを見て今回のイベントに来てくれた方もいらっしゃいました。でも実際にお店に来てもらって触れ合う体験はスマホではできません。だから情報はSNSで集めて、コミュニケーションはやっぱり現場で楽しんでほしいなと思います。

望月:人同士の顔をつき合わせた付き合いはマジで必要。僕は夜のカルチャーに携わってたこともありますが、10代〜20代半ばくらいは先輩たちと一緒にイベントをやっていました。当時はクラブがいっぱいあって、一晩で同じクラブの1階から3階まで全部イベントが行われていたんです。そういった夜の文化がまた盛り上がったら面白いんじゃないかな。

古谷:現代の告知方法としてInstagramなどのSNSがあると思いますが、あれは限定的だという気もするんです。例えば1500人が見てくれて、そのなかの何人がライブに来るかっていうと、そんなに来ないですよね。車の窓から見てるぐらいの感覚でしかないというか。

――地元のイベントに行くにしても、見つけられないという問題がありますね。ローカルメディアもない。

望月:最近、新しい雑誌「FLOAT magazine」、フリーペーパー「JASSY」が出たという話も聞きました。後者にTシャツやユニフォームのプリント制作会社を運営する友達が取材してもらっていたり。

――それは嬉しいニュースです。しかしながら、この10年ほど我々は新興の地元メディアが出ては消えていく、という状況を何度も見てもきました。

望月:コミュニティを作る人たちがそれを続けていくことですよね。

■内輪だけの「街おこし」はいらない


CHAMI:ところで、甲府でお店をやっていて思うことがあるんですよ。

――何でしょう?

CHAMI:「街おこしをしたい」という話は聞くのですが、自分は声をかけてもらえないことが多いんです。「こういうイベントやります」と伝えてもくれない。それは私が少し特殊な性質だからなのかもしれないけど、自分のコミュニティの外側にも声をかけるべきじゃないかなと思うんですよ。

甲府は中心だけじゃなく駅前も含まれるし、北口も甲府じゃないですか。甲府をよくするなら、もっと全体を見る必要があると思うんです。そこにいつもモヤモヤしちゃう。

望月:それは「商店会が違うとやりづらい」という空気もあるんですよ。失礼ながら「街おこしをします」と言っても、結局は自分たちのことしか考えてなかったりもして。文化全体のことを考えてやってる人は少ないと個人の体感では思います。

たとえ除け者にされたとしても、信じるものを続ける人はすごい。それこそ原宿なんて流行りものが多かったりする訳ですよ。出ては消えていく人や物も多いけど、でも実際残った人たちが街の歴史を作っている。好きなものを信じて続けていくことが重要。

CHAMI:私はフルーツサンド店として「美味しいものを作り続ければ残りたい」という気持ちですね。

古谷:「注目を集めたい」と理由だけだと説得力あるものは生まれません。やはり、その人が本当に挑戦したいと思って取り組むことですよ。オープンな視点がある方が知り合う人の幅が広がるとは思うけど、ジャンルを超えたイベントに出演したり、全部兼ね備える必要はないと思うんです。

望月:そういう意味で町おこしなんて必要ないんですよ。その言葉自体が今となってはおかしくて、勝手にそれぞれが面白がっていれば、それを見た人たちが集まってくるんだと思います。

東京でよく話を聞く山梨のエリアは北杜市。移住者が多くて、最近で言うと1000平米以上の巨大工場跡地を使った「GASBON METABOLISM」の話をよく聞きます。その横に東京の三軒茶屋にも店があるクラフトビール醸造所「MANGOSTEEN HOKUTO」があって、そことセットで行く人が多いですね。名門ですけど、ギャラリー&カフェ「Gallery Trax」も変わらず評判を聞きますし、実際に僕も足を運ぶ場所です。

■甲府が持つ90’s裏原的な可能性


――90年代「裏原(裏原宿)」と呼ばれて盛り上がったエリアでは、賃料が安いテナントを借りたクリエイティブな若者たちが何となくブランドを始めましたね。それが今のパリコレクションなどのモードの世界で大きな存在感を示しています。ちなみに現在の甲府の賃料は安いんですか?

望月:東京に比べれば、めちゃくちゃ安いと思いますよ。裏原から出てきたデザイナー・NIGOさんをリスペクトするミュージシャン/デザイナーのファレル・ウィリアムスが今はルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブディレクターですからね。だから裏原で起きたことが、これからの甲府から起きる可能性は十分にあると思います。

――まず各々が自分を磨くことが大事で、そんな人が集まった時にパワーが出るということでしょうか。色々な話題がありつつも、結論はあまり10年前と変わらない気がします。ただ前進はしている。それぞれが己を研ぎ澄ませて、また1年サバイブできれば。では最後に今年の展望をそれぞれお願いします。

古谷:ジャズの魅力や楽しさを教えていくのも地元に貢献する一助になるのかなと思っています。どれだけ専門的に理解できるかだけでなく、音楽が少しでも身近になると嬉しいですね。あとは地元で演奏する機会も増えているので、行ったことがない場所まで足を伸ばせたら。

望月:自分のいるメディアで企画している、表参道・原宿の昔の写真を集めて公開するプロジェクト「オモハラみんなのフォトアルバム」に力を入れたいです。それによって過去がどういう姿だったかを残したくて。今は商業施設ばかりだけど、取材によるエピソードとともに人の生活があったこと、文化が隆盛してきたときの熱をアーカイブして、これから街を訪れる人たちに紹介できればと。

先ほども名前の挙がったNIGOさんの制作テーマでもある「THE FUTURE IS IN THE PAST」は甲府の街にも当てはまると思うんですよ。過去を紐解いていくと面白いアイデアが生まれてくるんじゃないかなと。大げさなことは言えないですけど、将来的に何か協力できることがあればしたいです。

CHAMI:山梨はフルーツ王国なので、その食材を使ったお菓子作りをフルーツサンド以外のものも含めてチャレンジしていきたいです。見た目も味も美味しいスイーツを提供していければ。あとは甲府で創業100年のパン屋・丸十さんとコラボレーションしてドーナツ作りにも取り組んでいるので、そのバリエーションを増やすことも目標。

――ありがとうございました。生き残った先でまた議論できたら幸いです。


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小池直也
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