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ある日の出来事

ある日、ひょんな事から毎週県外出張に行く事になった。
社令って事もあり、断る事は出来ない。
サラリーマンの宿命だ。

『大人は大変だ』『いろいろあるんだ』

そう言われて育った、普通のサラリーマン家庭に産まれた僕も、父や母と同じように、大変でいろいろある生活を送る歳になったのだ。

父は管理職をやっていた頃、毎晩のように業界誌を読み、大学ノートにメモをとっていた。左利きなのに鉛筆は右手で持つ。
なぜか定規を引くときは、左手に鉛筆を持ち替える。
奇妙な父の筆記スタイルも、その時初めて知った。

母はと言うと、学校の休み時間になると元気に野球やサッカーをし、毎日のようにズボンを破いて帰ってくる小学生の僕に文句1つも言わず、当て布を縫ってくれた。
裁縫工場で働いていた祖母の影響か、母も叔母も縫い物は得意な方だと思う。

弟は、小さい頃病気がちで小児ぜんそくで死の淵を彷徨ってしまった事があった。
母は、その時に僕がとても心配をしていたのを今でも嬉しそうに話してくれる。
男二人兄弟なので、日常的に連絡を取ることはないが、最近は僕が帰省をする度に一緒に酒を酌み交わすようになった。

そんな少し貧乏だけど、ありふれた家庭に育ち、『いろいろ』あって不登校をした僕が社会に出て、スーツを着て出張に出て行く。

行った先では、たくさんの人に囲まれ、夜は1歳年上の上司と毎晩居酒屋の生ビール10杯を飲み干し、明日へ少しの活力とたくさんの『いろいろ』を遅くまで語り合った。

そんな生活も終わりを迎え、少しだけ新しい自分になり、いつもの職場に戻っていく。
そんな頃から、少しずつ僕に異変が訪れていた。

そして時は流れ、2020年。
もうそろそろだな。もう少しだな。
そんな事を思いながら過ごしたコロナ禍の冬。

僕が地獄に再会したのは、そんな時だった。

20211111 0046


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猪野直也 / InoNaoya
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