[4−8]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第8話 なんかそれは面倒だなぁ……
アルデたちが天幕に入ると、その中は魔動車と同じくヒンヤリしていた。
椅子やテーブルは組み立て式のようだが、オレたちがキャンプで購入したヤツよりも重厚かつ立派だ。さらには、ちょっとした本棚に姿鏡にソファにと、結構な数の調度品がある。これらをぜんぶ運んできたってことは……引っ越し並みの移動になったろうな。
オレはそんなことを考えつつ真ん中の椅子に着席すると、両隣にティスリとユイナスがそれぞれ座る。そしてリリィと呼ばれた貴族の少女は……どうしてかティスリの隣に座った。
こういう場合、普通は正面に座るのでは? とオレが首を傾げていたら、ティスリがスッと立ち上がり、なぜか正面の席に移動する。
するとリリィも、ニコニコ笑いながらティスリの横に着席した──と思ったらまたティスリが席を立ち、何食わぬ顔でオレの隣に戻ってきた。
「おまいら……何してんの?」
意味不明なその行動にオレが呆れていると、リリィがぬぐぐ……と唸っていた。
「お、おのれ……アルデ・ラーマめ……」
しかもなぜかオレが睨まれているので、オレはちょっと引きながらも聞いてみる。
「あの……なぜオレを睨むんです?」
するとリリィはいきなりキレた。
「なぜ? なぜですって……!? それはもちろんあなたがお姉様の隣に座っているからですわよ!」
「は、はぁ……?」
「そもそもお姉様が王宮を去ったのも、わたしがこんな田舎くんだりまで来たのも、何もかもあなたが──」
わなわな震えるリリィに、ティスリが声を掛けた。
「リリィ」
するとリリィはビシィッと姿勢を正す。
「はい、なんでしょうお姉様!」
「この二人は、わたしにとって大切な方々です」
「たたた、大切!?」
「この意味、分かりますね?」
「でででですがお姉様! ユイナスはともかくこのまおと──いえアルデ・ラーマは男ですよ!?」
「それがどうかしましたか? わたしの護衛を無下に扱うというのなら──」
「無下になんて致しませんわ! 貴族相当の接遇を持って相対しますわ!」
などとリリィは言っているが、しかしその敵意は消えそうにない。それと、なんでユイナスはともかくオレはダメなんだ? 同じ平民で、しかも兄妹だってのに……これは男女差別ではなかろうか?
オレがちょっと落ち込んでいると、ティスリがため息を付いてからリリィに言った。
「それにしても……ラーフルは来るだろうと思っていましたが、まさかあなたまでとは」
「だって! 居ても経ってもいられなかったんですもの!」
「ラーフルはどうしているんですか?」
「領主代行に励んでいると思いますわ」
「そう……ここには来ていないのですね?」
「もちろんです。お姉様が与えられた使命を放棄するだなんてあり得ません」
「そうですか……それであなた、学校は?」
「いいい、いやですわねお姉様? 今は夏休みですわよ?」
「夏休みが始まってすぐ来たにしては、ずいぶんと早い到着ですね」
「ままま魔動車がありましたから! これもお姉様のおかげですワ!?」
「……ユイナスさんとの約束がありますから、帰れとはいいません。が、これでもし単位を落としたら……分かっていますね?」
「ももも、もちろんですワ!? 単位を落とすだなんて、このわたしがするはずないですワ!」
なんだか焦りまくっているリリィは、これ以上、学校の話はしたくないのかオレに話を向けてきた。
「さ、さて! 改めてではありますが、お久しぶりですわねアルデ・ラーマ!」
リリィのそんな台詞に、オレは首を傾げる。
「えっと……どこかでお会いしましたっけ?」
「お、覚えてないんですの!?」
「はぁ……すみません……」
オレが頭を下げると、リリィはイライラを募らせた表情で言ってきた。
「あなたが投獄されているときに会っているでしょう!? あと空中庭園でも!」
リリィがそう言うと、オレが何かをしゃべる前に、ユイナスが驚きの声を上げた。
「投獄!? お兄ちゃん、いったい何したの!?」
「あ、ああ……それはだな……」
王都での出来事は、今もユイナスには詳しく話していない。そもそも、なんであんなことになったのか、オレもいまいちよく分かっていないし、状況だけ説明すると、ティスリに対するユイナスの心証がさらに悪くなるだろうしで。
だからオレは辻褄合わせを試みる。
「えっとな……どうやらオレ、ティスリを誘拐したと勘違いされたようでさ……そうだよな、ティスリ」
ユイナスに嫌われたくないティスリも、すぐにオレの意図を理解した。
「え、ええ……そうなのです。王宮のほうからわたしを追放したというのに、まったく酷い話ですよね」
そうしてティスリはリリィを見た。
するとリリィは、ティスリの意図を汲んだのか頷いた。ちょっと不服そうではあったが。
「そ、その節はご迷惑をおかけ致しましたわ……まさかアルデ・ラーマが、お姉様が見込んだ護衛だとは露知らず……様々な行き違いがあって、彼を投獄してしまいましたの」
するとユイナスは、憮然としながらリリィに言った。
「勘違いで投獄するとか……あんたら貴族は、わたしたちをなんだと思ってるのよ……!」
「ぐっ……か、返す言葉もありませんですわ……」
あの件に、リリィがどれほど関わっていたのか定かではないが、すべての責任を彼女一人に押しつけるのも悪い気がするな。
だからオレは助け船を出すことにした。
「ユイナス、いずれにしても終わったことだし、あの件があったから、オレはティスリの護衛を続けられているとも言えるしな。それで給金がアップして、オレたち家族も潤ってるんだから結果オーライだろ」
「………………」
しかしユイナスは、ひっじょーに面白くなさそうな顔をする。
う、う〜〜〜ん……?
ユイナスはいったい何が不満なんだ? 生活の質が上がっているのは事実だし、それがティスリのおかげだってのも毎回説明しているんだが……
オレが頭を悩ませていると、ユイナスは別の話を切り出してきた。
「それと、ティスリが王宮を追放されたってどういうこと? つまりティスリはもう王女じゃないの?」
そういや……なぜティスリが王宮を追放されたのか、詳しい話を聞いてなかったな。本人は平民だと言い張っているが、国の扱いとしては未だに王女のようだし。
なのでオレも気になってティスリに視線をむけると、ティスリはつまらなさそうにつぶやいた。
「わたしが王女として様々な改革をした結果、貴族に大きな不満が溜まっていたのです。だからお父──いえ陛下には、野に下れと言われました。なのでわたしは平民になったのですよ」
まぁ確かに、衛士をやっていたころ、表だっての批判こそなかったものの、ティスリに不満を持つ貴族も少なくなかったと思うが……
とはいえティスリのおかげで、この国はあらゆる面で発展したのも事実のはず。だというのに王宮追放までするものなのか?
だからオレはティスリに聞いた。
「いやけど追放までする必要なくね? ほとぼりが冷めたくらいに復職させるって手もあったんじゃ」
「………………それは……そうかもですが……」
言葉を濁すティスリを見て、オレはなんとなく察した。
「あー……お前。もしかして、本当は追放なんてされてないの、最初から分かってただろ?」
「………………」
「なのにヘソを曲げて王宮を飛び出したりとか」
するとオレは、ティスリに一瞬だけギロリと睨まれる。ユイナスの手前、おおっぴらに癇癪を起こしたりは出来ないようだが。
その代わりにティスリは、咳払いしてから弁明を始める。
「陛下の意向は、わたしには理解しかねますね。少なくともわたしは、王宮を追放されたと考えて、今ここにいるのです」
するとユイナスが難しそうな顔をリリィに向けた。
「つまり……どういうことなのよ? ティスリは王女なの、平民なの?」
「もちろん、お姉様の身分は王女ですわ。そこはまったくもって揺らぎませんよ」
するとティスリは、ちょっとふてくされたような表情をリリィに向ける。
「言っておきますが、例えわたしの身分が王女のままであろうとも、わたしは王宮に帰るつもりはありませんからね?」
「ええ、分かっておりますわ」
満面の笑顔で頷くリリィに、ティスリは怪訝な顔をする。
「分かってるって……ではあなたは、なんのためにわたしを追ってきたのです?」
「それはもちろん、いつ何時もお姉様のお側に侍るためですわ!!」
そしてリリィは拳を握りしめ、さらには立ち上がると身を乗り出してくる。
「お姉様のあるところ、そこがすなわちわたしの居場所なのですから! だからお姉様がどこにいようとも、わたしは別に構わないのです! それが王宮であろうとも農村であろうとも外国であろうとも、例え奈落の底であろうとも! わたしは常に、お姉様のお側におりましてよ!!」
「……………………」
力説するリリィに視線を向けるティスリは、心底うんざりした顔になっていた。
だがしかしリリィは、そんな、あからさま過ぎるティスリの表情をものともせず、さらに持論を展開する。
「それに、大貴族であるわたしがお側に仕えたほうが、お姉様にとっても有益だと思いますの」
「………………有益、とは?」
ティスリは、もうほんと、いっそ清々しいまでに、「あなたがわたしの側にいて有益になることなど一つもありません」と言外に語っているのだが、リリィはまったく意に介さず話を続ける。
ある意味すげぇな、このコ……
「お姉様、これまでにも、平民の身分ではご不便だったことはありませんでしたか?」
「平民の身分で……?」
「ええ、例えば領主を捕らえるときなどですわ。もしお姉様が平民のまま戦っていたら、さらに大事になっていたのではないでしょうか?」
「………………」
そう指摘され、ティスリはむっつりと黙る。
確かにあのとき、ティスリが身分を明かしたのは、あれ以上の戦闘行為を防ぐためだった。そうしなければ、無理やり起動していたゴーレムが暴走しかねなかったし、さらには、混乱した観客がどうなっていたかも分からない。
群衆が一気に動けば、押し合いへし合いになって怪我人が出たり、下手をしたら死ぬことだってあるのだから。
だからティスリは、あの場を即座に収束させるため、自分が王女であると名乗りを上げたわけだ。
その結果、その場は収束したが、ティスリは早々に領都を立ち去らねばならなくなった。さらには、せっかく友達になれた(かもしれない)グレナダ姉弟ともすぐ別れる羽目になった。
別の例で言えば、ティスリの鎧を城に送るだけでも大事になった。あとオレの給金を振り込むときなんかも。
オレがそんなことを振り返っていたら、リリィは片手で自分の胸を押さえて言った。
「領主を捕らえるとき、もしわたしがお側に仕えていたら、お姉様はどうなさっていましたか?」
「………………」
ティスリは黙ったままだが、しかしその答えは平民のオレでも分かる。
もしあのときリリィが側にいたら、リリィの名前で領主を捕らえることも出来ただろう。
リリィは確かテレジア家直系のはず。テレジア家は、王族ではないものの、その王族を除けば序列第一位に君臨する大貴族だ。そしてこの国には、王族は現陛下とティスリしかいない。
つまりテレジア家嫡女であるリリィに異を唱えられる人間は、陛下とティスリ以外に存在しないわけだ。
あとはまぁ、序列2位〜5位くらいまでの貴族が示し合わせて反旗を翻す──なんてことでもしない限りは、テレジア家には対抗できないだろうが、そんなことはまず起こらないだろうし。
そしてそのことは、ティスリが一番よく分かっているはずだ。
つまりティスリの王族という身分は、お忍びで行動しようと思うと何かと重いのだ。
もちろん大貴族の身分も重いに変わりないが、リリィがそれを肩代わりしてくれるというのなら、ティスリにとっては悪い話ではない。
だからティスリは、長い長いため息をついてから……言った。
「分かりました……あなたがわたしの側にいることを許します」
「お、お姉様……! ありがたき幸せ──ぐへっ!」
感極まったリリィが、テーブルを飛び越えティスリに飛びつこうとしたのだが、ティスリはひらりと交わす。
だからリリィはそのまま地面にダイブして、潰れた蛙のような声を出した……痛そう。
そうしてティスリは、リリィを見下ろすとぴしゃりと言い放つ。
「ですが、むやみやたらとわたしの体に触れてはなりません!」
「そ、そんな──」
「いいですね!?」
「わ、分かりました……」
ティスリがギロリと睨むものだから、リリィは涙目になりながらも頷くしかなかったようだ。
ふむ……となると……
今後、旅に出ることになるとしたら、リリィも付いてくるということだろうか?
だとしたら……
なんかそれは面倒だなぁ……とオレもため息をつくのだった。