[4−43]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
番外編4 ユイナスと肝試し
「なぁなぁユイナス。アルデと二人っきりになりたくね?」
ユイナスにナーヴィンがそんな話を持ちかけてきたのは、シュノーケリングも終わって一休みしているときだった。
女の子がトイレから帰ってくるところを廊下で待ち伏せしているなんて、この男は相変わらずデリカシーの欠片もないわねと呆れていたが、思いがけないその提案にわたしの意識は持って行かれる。
「そりゃ、お兄ちゃんと二人っきりになりたいけれど、でもどうやって?」
「いや実はな、今夜にでも肝試しをやろうと思ってさ。そのときに──」
「ききき、肝試し!?」
その単語を聞いて、わたしの肌は鳥肌になっていた。
「ナニくだらないこと考えてるのよあんたは! いい歳して、肝試しなんてばっかじゃないの!?」
「いや、いい歳だからこそやるんだろ……」
「なんでよ!?」
「だから、暗がりでふたりっきりになれるじゃん」
「……!?」
思いも寄らないことを言われて、わたしは息を呑む。
暗がりで、お兄ちゃんとふたりっきりに……?
そ、それは大変に美味しいシチュエーションではある。
でもそうは言っても……
肝試しとなると……
万が一にでもオバケに遭遇したらどうすれば──あ、いやいや!?
オバケなんているわけないし!
それにオバケが出たとしても、お兄ちゃんならやっつけてくれるし!
わたしは、なぜか震える膝がバレないよう、平静を装った顔で頷いて見せた。
「な、なるほどね? あんたの言うことも一理あるわ」
「一理以外に何があると……?」
「とにかく! なんでその話をわたしに持ちかけてきたのよ」
「お前さんがアルデを惹きつけてくれれば、オレもやりやすいからな」
「やりやすいって……だから何をする気なのよ?」
「肝試しをするなら、そのペアはクジ引きで決めるのが普通だろ?」
「クジなんてしなくても、わたしはお兄ちゃんと一緒になるわよ」
「アルデが嫌がったら成立しないじゃん」
「むぅ……それは……そうかもだけど……」
「でもクジ引きならアルデだって納得するだろ。厳正なクジ引きの結果なんだから」
「た、確かに」
「でもま、そのクジに細工するんだけどな?」
ナーヴィンの計画はこうだった。
まず、このあとみんなに肝試しを持ちかける。わたしを事前に説得しておくことで、反対する人間はいなくなるだろうとのこと……
「ちょっとそれ、どういう意味? わたしだって反対しないわよ別に。それじゃ、まるでわたしが肝試しを怖がってるみたいじゃない……!」
「へいへい、別に深い意味はないから話を聞けって」
そうして事前に用意していたクジ引きでペアを決めるわけだが、そのクジは、折り方によって見分けがつくようにするという。
まずクジには1番2番3番のペアをそれぞれ入れる。
つぎに、1番は一回折り畳まれたクジ、2番は三角に折られ、3番が二回折り畳まれているとのこと。
細工を事前に知らない人間から見たら、無造作に折り畳まれたクジにしか見えないだろうが、知っているわたしたちからしたら、どれがどのクジかは一目瞭然というわけね。
そしてそれなら、クジ引きの箱に手を突っ込んでからも、指先の触覚を通して把握できる。確かに、クジが三角になっていたり、大小の違いがあるなら見ていなくても分かるはず。
あとは、お兄ちゃんを先に引かせて、引いたそのクジの形状を確認すれば……ペアのクジを引けるというわけか!
「ふむ……あんたにしては、なかなか考えてあるじゃない」
「まぁな! この旅行を知ってから、徹夜して考えたんだぜ!」
「徹夜するほどでもないと思うけど、まぁいいわ。その案、乗った」
「そう来ると思ったぜ! これでオレはティスリさんと二人っきりだ!」
こうしてわたしたちは共謀することになった──
* * *
──共謀することになった、のだが。
(ちょっとナーヴィン! なんでわたしとあんたがペアになってるのよ!?)
(あ、あれぇ……? おかしいな? オレもティスリさんも、確かに二回折ったクジを引いたのに……)
どういうわけか、クジの細工は失敗に終わった。
だからわたしは、だだっぴろいリビングルームの端っこにナーヴィンを引っ張ってきて、小声ながらも詰問する!
(あんたが、クジの番号を間違えて書いたんでしょ!)
(そ、そんなまさか! オレ、ちゃんと確認したぞ!?)
(じゃあなんでわたしとあんたが一緒なのよ! 説明してみなさいよ!)
(そ、それは……なんでかな?)
(だからあんたが間違えたからでしょ!?)
くっ……!
やっぱり、このおバカを信用するんじゃなかったわ!
わたしもクジを事前に確認しておけばよかったんだけど……しかしまさか、こんな簡単な記入を間違えるだなんて夢にも思っていなかったし……
(あんたはいったい、どんだけ馬鹿なの!? まさか正の数も数えられないわけ!?)
(そんなわけあるか! 正の数くらい分かってるわ!)
(じゃあなんで間違えてんのよ!?)
(そ、それは……なぜでしょう……?)
(だからあんたが馬鹿だからよ!!)
しかし、こうなってしまっては後の祭りだ。
今からクジを引き直したいと駄々をこねたら怪しまれるし……
い、一体どうすれば……!?
わたしが思い悩んでいると、ナーヴィンが渋い顔をしながらも言ってくる。
(仕方がない……こうなったらせめて、アルデの邪魔をしてやるか……)
(どういうことよ?)
(オレ達は最終組で、その前がアルデ達だろ?)
(ええ、そうだけど……)
(だから急いでアルデ達を追いかけて、脅かしてやるのさ!)
はぁ!?
とんでもないことを言い出したナーヴィンに、わたしは悲鳴を上げそうになるのをなんとか飲み込んだ!
(ば、馬鹿いってんじゃないわよ!? なんでわたしがそんなことしなくちゃならないのよ!)
(ならいいのか? アルデとティスリさんを二人っきりにしても?)
(そ、それは……)
(暗がりで、微妙な距離感の男女が二人きり。下手したらどうなることか……)
(どうもならないわよ!)
妙な脅しをしてくるナーヴィンに、わたしは必死で抵抗する。
(あのお兄ちゃんが、どうかするわけないじゃない! これほど美少女なわたしに手を出せないお兄ちゃんが!)
(いや、ツッコミどころが多すぎるんだがとりあえず……兄妹なんだから手の出しようがなくね?)
(なんでよ!? 兄妹だからって手を出さない理由にはならないでしょ!)
(十分な理由だと思うが……まぁとにかくだ)
ナーヴィンは、向こうのティスリを見ながら言った。
(朴念仁どころか化石といっても過言ではないアルデが手を出さないというのは分からんでもないが……しかしティスリさんのほうは、どうかな?)
(ど、どういう意味よ……?)
(ティスリさんからアピる可能性があると言ってるんだよ)
(……!?)
そ、それは……確かに……
あの厚顔無恥なティスリだったら、暗がりで本性剥き出しにする可能性は十分にありうる!
だからわたしも、向こうのティスリを見てみれば──
──アイツ、めっちゃ浮き足立ってるんですけど!?
お兄ちゃんにチラチラと鬱陶しい視線を送り、でもお兄ちゃんはぜんぜん気づかず相手にもされていないというのに、あからさまに頬を赤らめてるんですけど!?
さ、さてはティスリのヤツ……
闇に乗じてお兄ちゃんを襲う気ね!?
(わ、分かったわ……)
だからわたしは、ティスリを睨みながら言った。
(確かにティスリが何かを仕掛けるようね……絶対に阻止しなくちゃ……)
そうしてわたしは、決意を新たに拳を握りしめた──
* * *
──ユイナスは、決意を新たに拳を握りしめた、はずだったのだが。
ナーヴィンは、呆れ顔でそのユイナスに言った。
「おいユイナス……木の幹にしがみついてたら、アルデ達に追いつけないだろ?」
「しがみついてないもん!」
「いや、しっかりしがみついてるじゃねぇか……」
肝試し会場となった森に入ってからものの数分で、ユイナスは一歩も動けなくなっていた。
茂みの向こうでガサッと音がしただけで、ユイナスは飛び上がったかと思えば、手近にあった木の幹にしがみついたのだ。
「なぁユイナス……あれはきっと小動物か何かだったんだって。オバケじゃないから安心しろよ」
「おおおオバケがいるわけないでしょ何言ってんの馬鹿なの!?!?」
「はいはい、馬鹿でいいからさっさと行くぞ。ティスリさんを見失っちまう」
まぁ、こうなることが分かっていたから、オレはユイナスにイカサマを持ちかけたわけだが……
ユイナスが怖がりなのは、長い付き合いで知ってたからなぁ。
だからユイナスに肝試しを反対されては計画が台無しになる。優しいティスリさんのことだから、一人でも怖がっている人間がいたら話に乗ってこなかっただろうし。
さらにグループ分けでユイナスが四の五の言ってきても面倒だ。
というわけで事前にユイナスを説得したわけだ。とにかくコイツの場合、アルデを絡めれば満足するからな。
だというのに……オレの完璧だったはずの計画は、どういうわけか失敗してしまい……
結果、森の中で立ち往生と相成った。
「じゃあユイナスは戻ってろよ。オレは一人でティスリさんを追いかけるから」
「ちょ──!?」
そういってオレが走りだそうとしたところで、ユイナスに服の裾をぎゅっと握られる。
「ままま待ってよ!? わたしを置いてけぼりにするつもり!?」
「置いてけぼりって……一本道なんだから引き返せるだろ」
「それが無理だから言ってるのよ!」
「なんで無理なんだよ?」
「そ、それは……」
ユイナスは、普段と違って弱気な表情で視線を泳がせる。
う〜む……自分で言うだけあって、ユイナスは確かに美少女なんだよなぁ……普段のワガママが鳴りを潜めるだけで、その本性を知っているオレでもクラッとくる。
そもそもうちの村では、いっとき、ミアとユイナスとで派閥が形成されていたくらいだ。しかし村の二大美少女が、揃いも揃ってアルデにべったりなもんだから、その派閥はあっけなく解散してしまったが。
ってかミアはまだしも、ユイナスはさすがに駄目だろ? 実の兄妹なんだし、いい加減、アルデを諦めたほうがいいと思うがなぁ。
そんなことを思い出していたら、言い分けを思いついたのかユイナスが言ってくる。
「あ、足! 足をくじいたの! だから一人じゃ引き返せない!」
「足、ねぇ……」
そうしてミニスカから伸びるユイナスの足を見てみれば。
なんかもう、いっそ哀れに思えるほどガクブルだった。
「はぁ……分かった分かった……一緒に引き返せばいいんだろ」
「そ、そうよ。始めからそうしなさいよ」
「じゃ、おぶってやろうか?」
「はぁ!? なんでわたしが、あんたにおぶられなくちゃならないのよ!」
「だって、足をくじいたんだろ?」
「おぶられるほどじゃないから平気よ!」
そう言って、ユイナスはごく普通に、そして急ぎ足で来た道を引き返していく。
「何してんの!? 早く帰るわよ!」
「へいへい、分かったよ……」
はぁ……オレには、おんぶしたら体が密着して、胸の膨らみを背中で感じる的なオイシイ思い出も無しかよ……
ま、ユイナスの胸じゃ、背中で感じられないかもだけどな?
「ちょっと! いやらしい視線で見てくるんじゃないわよ!?」
「べ、別にそんな視線で見てねーし!?」
などといいながら、オレはやむを得ず、ワガママ姫君を送るのだった……
(to be continued──)