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[4−5]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第5話 ユイナスさんって、他人想いのいい人なんですね

 ティスリわたしは、まるで出廷した被告人のような気分でリビングに座っていました。

 ユイナスさんに謝罪することを決めてから、すでに翌日となっています。けっきょく昨日は二日酔いが抜けなくて、宛がわれた部屋に籠もりっきりになってしまって──

 ──いえ、違いますね。本当は、ユイナスさんと相対するのを避けたくて、二日酔いを言い分けに引き延ばしていたに過ぎなかったのでしょう。

 これまでならどんな王侯貴族であろうと、それが他国の王であったとしても、対話を先延ばしにすることなどなかったというのに……

 でもわたしは先延ばしてしまい、アルデに看病され、夕食も個室でアルデと食べて、その後も、気を紛らわせるためにどうでもいい話をアルデとしていたら……いつの間にか寝落ちしていました。

 だから昨日は、ユイナスさんのことを意識せずに済んだのですが……こうして一人きりになると、またも後悔が再発してきます。

 ちなみに今は朝食後の午前中で、その朝食も、わたしは個室でアルデと食べていましたので……ユイナスさんとはまだ会っていません。

 アルデのご両親は、自室で仕事を始めたとのことでリビングにはいませんでした。

 そしてアルデは、今、ユイナスさんを呼びに行っています。

 昨日のうちに、アルデはユイナスさんにある程度の話を付けたということでしたが……本当に、大丈夫でしょうか……?

 やっぱり……お詫びの品は先に決めておくべきだったのでは……

 そんな感じでヤキモキしていると、階段を降りてくる音が聞こえて、わたしは鼓動を撥ね上げました。

 わたしが息を呑んだのと同時、リビングの扉が開かれて、アルデとユイナスさんが入ってきます。

「よぉ、待たせたな」

 アルデは、そんな気楽な感じで近寄ってきますが、ユイナスさんは……わたしと目を合わせてもくれません……!

 見ただけで分かるほどに不機嫌な顔つきで、まなじりはつり上がり、口はへの字に曲がっています……!

 だからわたしは、焦って念話魔法をアルデに飛ばしました!

(ア、アルデ! ユイナスさん、めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか……!)

 するとアルデは、アホ面を下げたままわたしの隣に座りました。

(え? そりゃそうだろ。だから欲しいもの聞いてご機嫌とるって話だったじゃん)

(ですが事前に話を通してくれるって──)

(いやだから、話を通したから連れてこられたんじゃん。そうじゃなきゃ対面すら無理だって)

(…………!?)

 それを聞いてわたしは絶句します。

 つ、つまり……

 もはやわたしと会うのもイヤだったということなんですか!?

 自分でも分かるほどに涙目になりかけていると、そのユイナスさんはわたしの前に着席し、腕と脚を組むと、明後日の方向を向いてしまいます。

 わたし、かんっぜんに無視されてます……!

「ほらティスリ、話を切り出せよ」

 そんな状況だというのにアルデに促され、目も合わせてくれないユイナスさんに、わたしは意を決して話し掛けます。

「あ、あの……ユイナスさん……」

「………………」

「先日は、酔った勢いで大変失礼なことをしてしまいまして……」

「………………」

「今後は、もうお酒は二度と呑まないと固く決意した所存でありますからして……」

「………………」

「過日の件につきましては、何卒甚大なご配慮を承りたく……」

「………………」

「つ、つまり……あの……その……」

「………………」

 いよいよ切羽詰まったわたしは──起立し、勢いよく頭を下げます!

「大変申し訳ありませんでした!!」

「………………」

 し、しかし……!

 わたしは、頭をほぼ直角に下げているのでユイナスさんの様子は分かりませんが……

 ですがユイナスさんの態度が和らいだ気配はしません……!

「おい、ユイナス」

 すると隣のアルデが助け船を出してくれます。

「ティスリだって、こうして謝罪してるんだ。本来なら、ティスリが頭を下げるなんてあり得ないんだぞ? しかもたかが悪酔いで。だというのにその態度はなんだよ」

 ………………いやあの、アルデ?

 それは助け船というより……火に油ですよ!?

 頬を伝った冷や汗が顎から落ちたそのとき、ユイナスさんの怒号が響き渡りました!

「お兄ちゃんはどっちの味方なのよ!?」

「え、オレ?」

 まだ頭を上げられないわたしには、ユイナスさんの表情は分かりませんが……きっと鬼の形相です!

 そのユイナスさんが怒りを吐き出しています……!

「昨日から、ティスリティスリって! 酷い目に遭ったのはわたしなのに、まるでわたしが悪者みたいじゃない!!」

 事前に話を通したのが裏目になってるじゃないですか!?

 根回しをアルデに任せたわたしが馬鹿だったと激しく後悔していたら、アルデは暢気な声音で答えていました。

「いや、ちょっと絡まれただけで、ずっとヘソを曲げているお前もお前だろ?」

 だからアルデ!? 今ここでユイナスさんを責めるのはマズイでしょう!?

「ほ、本気でわたしが悪いと思ってるってこと!?」

「悪いとは思ってないが、たかが悪酔いなんだから、いい加減許してやれよ。それに言うほど酷い目には遭ってなかったろ」

「そもそも、今わたしが怒っているのは悪酔いの件じゃないわよ!」

 そう言われ、思わずわたしは「……え?」とつぶやき頭を上げます。するとユイナスさんと目が合います。

 ユイナスさんは、そんなわたしをビシィッ!と指さして言いました。

「わたしが怒っているのは! この女が、二日酔いにかこつけてお兄ちゃんを独占していたことよ!」

 何を言われているのか分からず、わたしはアルデを見ると……アルデはなんとなく察している様子でした。

 わたしの理解が追いつかないまま、ユイナスさんが話を続けます。

「ほとんど丸一日、密室でお兄ちゃんと二人っきり! なんてイヤらしい!!」

「ええ……!?」

 なぜユイナスさんが怒っているのか──ようやく把握しました! 

 だからわたしは、身振り手振りを交えて慌てて弁明を試みます。

「ままま、待ってくださいユイナスさん! わたしたちは別に変なことはしていません! アルデには少し看病してもらって、あとは気晴らしにおしゃべりをしてただけなんです……!」

「知ってるわよ聞き耳立ててたんだから!」

「聞き耳!?」

「そもそもお兄ちゃんを独占していること自体が間違ってるの! お兄ちゃんはわたしだけのものなんだから!!」

「おいおい、ユイナス……」

 ユイナスさんの言わんとしていることを、たぶんまったく理解していないアルデは、呆れた声で言いました。

「なんでオレがお前のものなんだよ。オレはオレだけのものだろーが」

「何言ってるのお兄ちゃん! 血が繋がっているんだからお兄ちゃんはわたしのものなの!」

「いや、まったくもって意味不明なんだが……」

「つまり、逆を言えば……わたしはお兄ちゃんのものってわけ!」

「お前なんていらんが?」

「………………!?」

 ちょっと頬を赤らめて、まるで愛の告白みたいなことをユイナスさんが言ったというのに、アルデは相変わらずのマヌケ面で、ユイナスさんを一刀両断しました……

「おおお、お兄ちゃん!? 妹のわたしをいらないというの!?」

「そもそも人間をモノ扱いしている時点で間違いだろーが」

「単なる例えよ! それでわたしがいらないって本当なの!?」

「いらないっていうか、お前もいい歳なんだから、そろそろ兄離れしろよ。オレだってもう家にいないんだから」

「わたしはお兄ちゃんについて行くわよ!? どこへだっていつまでも!」

「………………いや、それはどうかと思うが……」

 アルデはちょっと引いている感じでしたが、咳払いをしてから話を続けます。

「まぁなんつーか、今はオレら兄妹のことはどうでもいいんだって。とにかく、お前が怒っているのは分かったから。だからこうして、詫びの品を聞くことにしたんだよ。ということで、さっさと欲しいものを言って矛先を納めろよ」

「雑すぎるでしょお兄ちゃん!?」

「あっそ。じゃあ詫びの品はいらないんだな?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!?」

「じゃあ早く言えよ。昨日伝えてあったんだから、もう考えてあるんだろ」

「ぐぅ……」

 ユイナスさんは悔しそうな顔をしていますが、ご兄妹の関係を今ここでさらに追求しても、ユイナスさんにとってはよくない結果にしかならないでしょうし……

 それを理解しているのであろうユイナスさんは、なんとか自制しているようでした。

 ひとまずはアルデのおかげ(?)で、ユイナスさんの怒りは収まった(?)ようなので、わたしはいったん着席して、ユイナスさんの返答を待ちます。

 わたしとしては、どのような品物であろうとも、きっちり応えるつもりでいたのですが……しかしユイナスさんの返答は意外なものでした。

「実はティスリに……会ってほしい人がいるの」

「え……?」

「だから詫びの品代わりに、その人と会ってくれない? そうしたら、お兄ちゃんを独占したことや悪酔いは許してあげるわ」

 予想していなかったその返事に、わたしは目を丸くしましたが……すぐに思い当たります。

「ああ……もしかして、リリィのことですか?」

「えっ!? 知ってたの!?」

「知っていたわけではありませんが、以前の会話から予想はしてました」

「…………!」

 以前、夕食時にユイナスさんと雑談をしていた際、親戚について聞かれたことがありましたからね。わたしが王族だと感づかれたのかとも思いましたが、会話内容からして、そういうわけでもありませんでしたし。まぁリリィと会ったということは、わたしが王女だということをもう知っているのでしょうけれども。

 となると考えられるのは、わたしの追っ手にリリィが同行していて、この村近くにまで来ている、ということでした。そしてユイナスさんと出会った──と。その接触が意図したものなのか偶然なのかまでは分かりませんが。

 今のわたしには、手勢はアルデしかいませんので調査をすることも出来ませんし、そこまでしなくても問題ないかと思っていたのです。

 あのリリィが、わたしと縁のある人間をぞんざいに扱うはずもありませんし。

 ということで放置していたのですが、とはいえやはり接触を図ってきましたか……

 だからわたしは、内心でため息をつきながらも言いました。

「会うのはリリィだけですか?」

「リリィだけって、どういう意味?」

「ラーフルという女性がいるかもしれないと思って」

「わたしが紹介されたのはリリィだけよ。護衛役なんかはたくさんいたから、そのうちの誰かが、そのラーフルって人かもしれないけれど」

「そうですか……」

 ラーフルは領主代行を命じていますから、おそらくこの地にまでは来ていないはず……彼女は優秀ですが、経験のない任務をごく短期間で終わらせられるとは思えませんし、いわんや任務放棄など出来るはずもありません。あの性格ならば。

 ラーフルも一緒だったなら、王女復帰をうるさく促すでしょうから面倒だと思いましたが、リリィだけならばそうはならないでしょう。

 だからわたしは頷きました。

「分かりました。ではリリィと会いましょう」

「本当!?」

「ええ、もちろんです」

「会ってすぐ、王都へ強制送還とかしちゃダメだからね!?」

「分かっていますよ。リリィの意向は十分に汲むつもりです」

「ならいいわ! ふふ……これでわたしは……ふふふ……」

 そうしてユイナスさんは、嬉しそうに笑っていました。

 それにしても、お詫びの品が、リリィとの面会だけでいいだなんて。

 ユイナスさんは、アルデが言っていたよりぜんぜん無欲ではないですか。

 アルデがやめてくれというので、屋敷や権利書などは、わたしから提案しませんでしたが、求めてきたら今すぐにでも差し上げましたのに。

 さらにユイナスさんが望むなら、一生遊んで暮らせるだけの金貨だって用意できるのですが。

 口調こそちょっとキツいですが、ユイナスさんって、他人想いのいい人なんですね。

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