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[3−34]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

番外編2 ユイナスと魔動車

 ユイナスわたしは着替えを終えてリビングに降りると、そこにはティスリがいた。

 まさかもう起きているとは思っていなかったから、わたしは思わず尻込みをしてしまう。

「あ、ユイナスさん。おはようございます」

 そんなわたしに、ティスリが笑みを向けてくるものだから、見なかったことにするわけにもいかなくなって「ええ、おはよう……」とだけ返事をした。

 本当は目も合わせたくないんだけど、ティスリの状況を探ることがわたしの仕事になったのだからやむを得ない。できるだけ短期決戦で済ませたいところだけど……

 とはいえ、ティスリとリビングで二人きりになるのは勘弁なので、わたしは言った。

「先に農場へ向かうわ。ティスリは後から来て」

 今日の農業体験は、女狐ミアの農場へと出向くことになっているから、目的地は知っている。

 だからわたしがリビングを出ようとすると、ティスリが「あ、待ってください」とわたしを止めた。

「ミアさんの農場には魔動車で向かいますから、急がなくても大丈夫ですよ」

「魔動車……ああ、あれね……」

 窓から見える、黒塗りの不思議な物体を見てわたしはつぶやいた。

 別に、遅刻を気にしていたわけじゃなくて、ティスリと二人きりになりたくないから先に行こうとしてたんだけど……

 でもわたしは、魔動車という単語に心惹かれた。

 何しろ王都発の新しい乗り物なのだ。その開発者がティスリだなんて未だに信じられないけれど、こんな田舎に住んでいたら、王都の乗り物に乗れる機会なんて滅多にない。

 いや滅多にないというか……下手したら死ぬまでお目にかかれないかもしれない。

 だからわたしは思わずティスリに聞いていた。

「……乗せてくれるの?」

「ええ、もちろんです」

「…………!」

 魔動車自体には、正直そこまで興味はないんだけど、王都の乗り物というだけで、どうしても抗えない魅力を感じてしまう……!

 くっ……わたしを田舎者だと思って、魔動車を餌にするなんて……!

 なんて卑怯なのティスリってば!

「じゃ、じゃあ……あの乗り物に乗って、お兄ちゃんを待っててもいいの?」

 高鳴る鼓動を押し込めながらそう聞くと、ティスリはあっさり頷いてきた。

「ええ、構いませんよ。車内には冷房もありますし、ちょうどいいですね」

「れいぼう?」

「冷たい風を送風する装置のことです。そうですね……扇風機が付いていて、その風がちょっと冷たい、という感じでしょうか」

「扇風機の風が冷たい……?」

「まぁ乗ってみれば分かりますよ。行きましょう」

「え、あ……ちょっと!?」

 わたしの目的は、ティスリと二人きりにならないことなのに、ティスリは話を勝手に進めて魔動車へと向かってしまう。

 だからやむを得ず、わたしも玄関を出てティスリの後を追った。

「これが……魔動車……」

 お兄ちゃんとティスリがこれで乗り付けてきたときには、妙な形の荷車だなとしか思わなかったから、大して気にもしていなかったんだけど……

 これが王都の乗り物だと知ってから改めて見ると、確かな高級感が溢れ出ていた。

「とりあえず、ユイナスさんは助手席に乗ってください」

「え? あ……うん」

 ティスリが魔動車のドアを開けるので、わたしは言われるままに中へと乗り込む。

「こ、これ……椅子なの? ふっかふか……」

 わたしが驚いていると、隣の席に乗り込んだティスリが説明してきた。

「長時間乗る場合もありますからね。クッション性を高めたのです」

「へ、へぇ……? あ、あれ? このちっこい穴から冷たい風が出てきたわよ……!?」

「はい、それが冷房ですよ」

「扇風機なんてどこにも付いてないじゃない!?」

「その穴の中に小さな扇風機が付いているようなイメージです」

「ってかなんで風が冷たいの!?」

「それは魔法で冷たくしているのですよ」

 ま、魔法でって……

 この女、なんでもありなの? この小さな車内限定とはいえ、気候までも操れるだなんて……

 魔動車の扉を締めて一分もすると、魔動車はヒンヤリとした空気に包まれる。椅子の座り心地もいいし、夏場はここを居住空間にしたほうが快適かもしれない。待合場所を魔動車内にしたのも頷ける、けど……

 いやだから、わたしはティスリと二人っきりになりたくないんだってば!

 わたしはティスリの策略にまんまとハマってしまっていた! 王都の乗り物という餌に釣られて!

 そのティスリが、相変わらずの笑みを浮かべて言ってくる。

「少し、走らせてみますか?」

「えっ……いいの!?」

「ええ、元より魔動車で農地に行くつもりでしたから」

 そうしてティスリが手元の何かを回すと、いきなり重低音に包まれる。

「うわっ!? な、なに!?」

「エンジンを掛けました。安全ですから慌てなくても大丈夫ですよ」

「ででで、でも!? なんか唸ってるわよこの荷車!? どうなってるの!」

「そうですね……では走りながら魔動車の仕組みを説明しましょう」

 ティスリがそういうと、魔動車がゆっくりと動き始める。

「う、動いてる……!」

 荷馬車の発進とは違って、まったくもってスムーズだった。この滑らかな動きが車だなんて、実際に乗っていても信じられない。

 驚くわたしに、ティスリが言ってきた。

「近所の農場を一周してみましょうか」

 そして魔動車がグングン加速する。

「は、早い……!」

 こうなると荷馬車なんて目じゃない。いやそもそも、荷馬車はスピードを出すために作られていないから……もしも乗馬をしたならこのくらいのスピードは出たかもしれないけれど、こんな鉄の塊が、いったいどうやって馬と同じ早さに……!?

 窓の外を見ながら唖然としていると、ティスリが説明を始めていた。

「──つまり、エンジンという中で小さな爆発が起こり続けて、それを推進力にしているわけです」

「爆発!? だ、大丈夫なの!?」

「ふふ……もちろん大丈夫ですよ。安全対策は何重にも施されていますから。でも……」

「な、なによ?」

「いえ、その反応……アルデとそっくりだなと思って」

「兄妹なんだから、当たり前でしょ……!」

 くっ……

 かつて、ティスリとお兄ちゃんが同じようなやりとりを、ふたりっきり、、、、、、でしていたかと思うと、とても腹立たしいわ……!

 わたしだって、いつかお兄ちゃんと、魔動車に乗っていろんなところを見て回りたいのに!

「そうだ、ユイナスさん」

 わたしが腹立たしさを感じていたら、ティスリがにこやかに言ってきた。

「今度、魔動車を運転してみますか?」

「えっ?」

「アルデは運転に興味があったので教えましたが、ユイナスさんはどうですか?」

「い、いいの!?」

「ええ、もちろんですよ」

 ティスリとリリィを上手くくっつけることが出来たなら、わたしには大金が入ってくる。そうしたら魔動車購入だって夢じゃないかもしれない。

 であれば、今は我慢して運転を覚えておけば、いつか本当に、お兄ちゃんと一緒に──!!

 そうなったら、この女はもう用済みだからさっさと王都に帰らせて、わたしとお兄ちゃんは、王都並みの都市に行って、そこでふたりっきりで暮らすのもいいかもしれない。

 王都と比べたらランクが落ちちゃうけど、でも王都はコイツの出身地だっていうから、よくよく考えたら、そこに引っ越すなんてあり得ないしね。

 魔動車があれば、どこにだっていけるわけだし……!

 そんなことを考えていたら農園一周が終わり、家の前に戻ってきたところで、わたしは、苦虫を噛み潰したかのような気持ちで頷いた。

「わたしも運転したいから、今度教えて……」

「本当ですか……!?」

「なんであんたが驚いているのよ?」

「あ……すみません。てっきり、わたしに教わるのは嫌かなと思って……」

「嫌に決まってるでしょ! でも運転はあなたにしか出来ないから、あなたに教わるしかないじゃない!」

「え?」

「なによ? 変な顔して」

「いえ……なんでもありません」

 そしてティスリは、運転席から身を乗り出してわたしの両手を掴んでくる。

「約束ですからね? 絶対、わたしが教えますからね?」

「え、ええ……分かってるわよ……」

「そうじゃないと、魔動車貸しませんよ……?」

「分かってるってば!」

 なんでこんなに念押しされるのか、わたしはよく分からなかったんだけど……

 わたしがそれ、、に気づく前に、ティスリは魔動車の扉を開けた。

「では約束です♪ あ、そろそろ時間になりますし、アルデを迎えにいかないと」

「う、うん……わたしは魔動車にいるわ。涼しいし」

「分かりました♪」

 そうしてティスリは、なぜかとても上機嫌で家へと戻っていく──

 ──そして数分後、わたしは気づいた。

 さっきティスリが「アルデは運転に興味があったので教えました」と言っていたことに。

 …………。

 ……………………。

 ……………………………………。

「お兄ちゃんも運転できるってこと!?」

 ならわたし、お兄ちゃんに教わればよかったじゃない!

「でもティスリじゃないと魔動車貸してくれないっていうし!」

 妙な約束をしなければ、あの女のことだから魔動車は普通に貸したはず!

「は、は、はめられたーーーーー!!」

 そうしてわたしは、魔動車の中で一人、頭を抱えるのだった……

(to be continued──)

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