[4−10]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第10話 なぜと言われても上手く説明できないが
アルデ、ナーヴィン、ユイナスは、乗り慣れたティスリの魔動車に乗り込む。
運転手はオレで、助手席にナーヴィンが座り、後部座席はユイナスだ。
ティスリたちの魔動車が先行し、オレたちはそのあとを付いていった。
そして魔動車が走り出してすぐ、助手席のナーヴィンは盛大にため息を付く。
「ふぅ……! さ、さすがはティスリさん! まさか数日で、お貴族様を連れてくるとは! 冷や汗掻いたぜ!」
「いやお前、冷や汗どころか滝汗だったろ」
「そ、そんなことはねぇよ!」
「これから貴族の巣窟に乗り込むってのに、そんなんで大丈夫か?」
「だ、大丈夫に決まってるだろ!? 生まれて初めてお貴族様を見たから、ちょっと驚いただけだっつーの!」
「ねぇ……」
オレたちが言い合っていると、後ろのユイナスが声を掛けてきた。
「さっきから気になってたんだけど、なんでナーヴィンが付いてくるわけ?」
「いや、それをお前が言うなよ……」
オレにとってはユイナスもお荷物でしかないのだが、まぁいい。
オレは、今日のこの取り締まりが、ナーヴィンの試験であることを説明した。
ここでナーヴィンが何かしらの功績──とまでは言わなくても、何かちょっと気の利いたことでも出来たならティスリの従者になれる、かもしれないという話を。
それを聞いたユイナスは、首を傾げながら言ってきた。
「まぁ……ティスリはお金持ちだろうし、そこへの就職希望も分からなくもないけど、さすがにそれは無理じゃない?」
ユイナスはティスリの身分を知っているから、そんなことを言った。ティスリの従者になるということは、王女の側近になるという話でもあるわけだから、よほどの例外でもないかぎり無理なのだ。
そう考えると「なんでオレが従者やってるんだ?」という話にもなってはくるが、まぁいちおうオレは衛士試験に合格したわけだし?
しかしそんな事情はまったく知らないナーヴィンは反論してくる。
「んなことねぇよ! あの優しいティスリさんなら、きっとオレだって雇ってくれるはずだ!」
ティスリが優しいって……ナーヴィンは、いったい誰のことを言っているのだろう? とても同一人物と接しているとは思えないのだが……
オレが首を傾げるしかなくなっていると、ナーヴィンはさらに言ってきた。
「そもそも、アルデだって従者やってるじゃねぇか!」
「そりゃ、お兄ちゃんは剣の腕だけは確かだし」
「おい妹よ……剣の腕だけとはなんだよ、だけとは」
「剣以外に何か特技あるの?」
「……………………」
こいつは……懐いてくるわりに、どうしてこんなに辛辣なんだ?
妹の気持ちがまるで分からず撃沈されていると、ユイナスは少し考えてから口を開く。
「でも……確かに、お兄ちゃんを雇ってるんだったら、可能性がゼロではないのかな……?」
ユイナスのそんなつぶやきに、ナーヴィンが乗ってきた。
「そうだよな! オレにだって可能性はあるよな!」
「わたしに聞いたって意味ないでしょ。けどまぁ頑張りなさいよ。あなたがティスリの従者になるのなら、それはそれで都合がいいし」
その妙な言い回しに、オレはバックミラー越しにユイナスを見た。
「ナーヴィンがティスリの従者になることで、なんでお前の都合がよくなるんだよ」
「………………別に? こっちの話よ」
「こっちって、どっちの話だ?」
「なんでもいいでしょ、もう!」
バックミラーに映るユイナスの顔は不機嫌そのもので、どうやらそれ以上説明はしてくれなさそうだった。
まぁ……なんにしても、だ。
ティスリがナーヴィンを従者にするなんて、とても考えられないんだよなぁ。なぜと言われても上手く説明できないが。
そもそもさっき見たとおり、ナーヴィンは貴族に対してまるで耐性がない。今後、ティスリが何をするのかは分からないし、というより本人もまだ決めていないようだが、しかしティスリの従者になるということは、直接的・間接的問わず、貴族と接することになるのは間違いない。
今だって、この国きっての大貴族であるリリィがいるし、領都でも領主の悪事に巻き込まれたわけだし。
そうなると、気の小さいナーヴィンは、まず間違いなく気苦労が絶えなくなるだろうし、下手したらストレスで胃に穴が空くかもしれない。
なのでオレは、ティスリの身分を伏せた上で、そういったことをナーヴィンに説明する。
「──というわけでだな、ティスリは政商なんだから、何かと貴族と接するんだよ。そういう状況で、お前がいちいち怯えていたら、商談とかいろいろまずいんだぞ?」
ナーヴィンの身を案じて言っているというのに、ナーヴィンは面白くなさそうだ。
「んなことは分かってる。貴族相手にも堂々としてればいいんだろ?」
「いや違うって。平民のオレらが堂々としてたら、むしろヤバイんだってば」
「じゃあどうしろってんだよ?」
「それは……例えば、卑屈な態度は見せないながらも、礼節をしっかりと守って身分は弁え、出しゃばり過ぎず、さりとて無礼にならず……」
「そこまでの立ち振る舞いが、お前も出来ているとはとても思えないが?」
「むっ……」
ま、まぁ……そういう立ち振る舞いが出来なかったからこそ、オレは衛士追放の憂き目にあったわけだが……
オレがちょっと言葉に詰まってしまうと、ナーヴィンが不服そうに言ってきた。
「そもそも貴族云々よりも、お前が嫌がっているようにしか見えねぇよ、オレには」
意外なことを言われて、しかしなぜかギクリとしてしまい、オレは思わず反論する。
「そ、そんなわけないだろ。オレはお前のためを思って──」
「オレのためを思うなら、ティスリさんとの仲を応援してくれよ。オレ、このまま村にいたんじゃ生涯独身かもしれないんだぞ!?」
「いやだからティスリは無理なんだって。っていうか独身がどうこうじゃなくて、今はお前の転職の話を──」
「だからなんで無理なんだよ。やってみなくちゃ分からないだろ」
「はぁ……もう分かったよ。だからこそ、今日は同行させてんだからな。どのみちこれから、貴族や役人と相対することになるんだから、ならせいぜい頑張ってみせてくれよ」
「お、おう……もちろんだぜ……!?」
まだ貴族と会ってもいないのに、その名前を出すだけで緊張しているヤツに、何かができるはずもないんだが……
まぁもういいや。どのみちティスリとどうこうなるのはもちろん、その従者にだってなれるはずがないんだから、コイツの気のすむまで付き合ってやるか。
…………でもなんか、どうにも……
胸騒ぎというか、釈然としない気分というか……
オレの気分はなぜか晴れないのだが、その理由は、結局突き止めることが出来ないのだった。