[4−11]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第11話 頭が悪いから天才のティスリに教わるんだよ!
魔動車で二時間ほど走り、ティスリ達はこの地域──『郡』を管轄する郡庁前へと到着しました。
カルヴァン王国の行政区分は、大別すると二つに分かれます。王族が直轄する『天領』と、中央貴族が治める『領』です。ですが現代においては、カルヴァン王家はわたし──は抜けたのでアジノス陛下しかいませんから、天領も、テレジア家のような大貴族に委任している状態です。よって『領』に関しては実質一種類と言ってもいいでしょう。
その『領』内にも行政区分がありますが、やはり二つに分かれます。それが『都』と『郡』です。
『都』には、領都と、領都に匹敵する規模の街が包括されます。そうして『都』は中央貴族が治めます。王都に住むから中央貴族というわけではなく、この『都』を管理する存在が中央貴族と呼ばれるわけです。
対して『郡』は地方貴族が治めます。『郡』の中には市町村というさらに細かな行政区分がありますが、市町村については、地方貴族が治めたり、住民代表が取りまとめたりと人手に応じてまちまちです。
そんな行政区分について、主にアルデに向けてわたしは説明していました。郡庁前広場で。
「例えばあなたの地元は、農村ですから土地が広い割に人口が少ないので、地方貴族だけでは手が回らず、取りまとめを住民に委任しているわけです」
「ははぁ……だからミアんちが村長をやっているわけか」
「ええ、そういうことです」
「ということは、これからオレたちが殴り込むのはどっちの貴族なんだ?」
「殴り込みなんてしませんし、どちらの貴族なのかはいま説明したでしょう?」
「え? 説明されたっけ……?」
アルデはポカンとした表情をナーヴィンさんに向けると、彼はちょっと戸惑いつつも言いました。
「えーっと……だからほら、あれだ。オレたちがこれから行くのは郡庁なわけだから、つまりはそういうことだよ!」
「どういうことだよ?」
どうやら二人とも分かっていないようです。
「あなた達は学校を卒業したのですよね? これは初等部で習う知識ですよ?」
わたしがそういうと、アルデは頬を掻きながら視線を逸らします。
「あー……そんなことを習った気もするが、普段は使わない知識だと忘れるもんなんだ」
「アルデは特に、つい最近まで衛士をやっていたでしょう? 国の中枢にいて行政区分の知識を使わないわけないと思いますが」
「え、えっと……衛士は城を守るのが主任務だし? つまり城を守っていればいいわけだし? だから行政区分なんて使わないのさ!」
「はぁ……やはりアルデには、これから、一般教養をみっちり教える必要がありますね」
「みっちりとは!?」
アルデが顔を引きつらせていると、ユイナスさんが言ってきました。
「お兄ちゃん、これから向かうのは郡庁だから、縛り上げるのは地方貴族だよ」
「おお、そうなのか」
ユイナスさんはそう言いますが、わたしは、別に縛り上げることまでは考えていないのですが……
ですがわたしが訂正する間もなく、ユイナスさんは話を続けています。
「もっとも、地方貴族を監督するのも中央貴族の役目だから、場合によっては中央貴族もただでは済まないでしょうけどね」
「なんだ、じゃあ別にどっちでもいいじゃんか」
「よくはないでしょ。子供でも知っていることをお兄ちゃんが忘れていること自体が問題なんだから」
「ぐっ……そ、それは……」
「だからわ・た・し・が、お兄ちゃんをしっかり再教育してあげるね!」
「な、なんでだよ!?」
狼狽えるアルデに自身の腕を絡めながら、ユイナスさんがわたしに言ってきます。
「ということだから。ティスリはお兄ちゃんに勉強なんて教えなくていいわよ!」
「そ、そうですか? ですが──」
「そもそも初等部程度の勉強を、大天才であらせられるティスリサマが教えるなんてもったいない! ティスリサマは、どうぞご自身の才能を、ご商売やお国のために活かしてくださいな」
「え、えっと……」
わたしが口ごもっていると、ユイナスさんを振りほどいてアルデが抗議の声をあげました。
「妹に勉強を教わるなんて嫌なんだが!?」
そのアルデをユイナスさんが睨み付けます。
「なんでよ!?」
「オレにもプライドってもんがあるの!」
「プライドがあるなら、せめて初等部くらいの勉強は覚えておきなさいよ」
「うぐっ……!」
「それとも何? 先生役はティスリのほうがいいってわけ?」
「そうだな! ティスリのほうが百倍マシだわ!」
「はぁ!?」「えっ!?」
ユイナスさんとわたし、二人の声が重なりました。ユイナスさんが慌ててアルデに詰め寄ります。
「どどど、どういうことよお兄ちゃん!?」
「どういうことも何も、妹から勉強を教わるなんて嫌だから、ティスリに教わると言っているんだが?」
「それは妹差別でしょうお兄ちゃん!?」
「そんな差別、聞いたこともない」
「頭が悪いんだから観念してわたしに教わりなさいよ!?」
「頭が悪いから天才のティスリに教わるんだよ!」
なんだか破れかぶれになってきたアルデに向かって、ナーヴィンさんが手を上げました。
「はいはーい! ならオレも一緒にティスリ先生に教わりたい!」
「お前は黙ってろ!」「あんたは黙ってなさい!」
「なんでだよ!?」
収拾がつかなくなってきたところで、リリィが手を叩きながら言いました。
「はいはい、その辺にしてくださいな。お姉様が指導されるのはわたしだけに決まっているでしょう?」
「あなたの教師なんてわたしは嫌ですよ。自学自習してください」
わたしがハッキリそういうと、リリィはしゃがみ込んで、地面に転がっていた石をツンツンし始めます……が、リリィはどうでもいいので放っておきましょう。
ですがリリィのおかげでとりあえず話が遮られたので、わたしは仕切り直します。
「話を戻しますよ。とにかくこれから、地方貴族と面談して、なぜ税率が高いのか、つまり国の方針と違うのかを問いただします。あくまでも面談ですから、危険なことにはならないと思いますが──」
そしてわたしは、ポケットから守護の指輪を三つ取り出しました。
「──念のため、この指輪を装着してください。万が一の荒事になった場合、この指輪があなたたちを守ります」
わたしがそう言った途端、リリィが立ち上がったかと思うとわたしの手を握りしめてきました。
「お、お姉様!? 『指輪がわたしを守ってくれる』だなんて、これはもはやエンゲージぐへぇ!」
リリィのみぞおちに、軽めの魔法を一発食らわせて地面に転がすと、わたしは指輪の効果をユイナスさんとナーヴィンさんに説明します。
その説明中、ナーヴィンさんがなぜか地面に視線を向けて震えている気がしますが──おそらくは、荒事と言ったせいで怖がらせてしまったようです。魔法の素人にとっては、指輪の効果なんて信じられるはずもないでしょうから、怖くなってしまうのも無理からぬことですね。
そうして指輪の説明を終えて、ふと、わたしはアルデの手に視線を向けました。
「アルデ、指輪を装着してこなかったのですか?」
「ん、ああ。ここ最近は付けてなかったからすっかり忘れてた」
「まったく仕方がないですね。確かに村ではしなくていいといいましたが……まぁいいでしょう」
仮に荒事になったとしても、アルデならなんの問題もないでしょうし。
そうしてわたしは、うっかり気絶させてしまったリリィに回復魔法を掛け、指輪を三人に渡した後、先触れも無しに郡庁へと入るのでした。