[3−32]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第3章最終話 できれば……見ないでやってほしい(涙)
アルデたちが、同窓会改め懇親会を開始してから約2時間後。
ティスリは──………………泥酔していた。
「あはは! あはははは! お酒、おいしーーーー!!」
もはや、普段の冷静沈着ぶりなど見る影もなく……グラスを高々と上げて、ティスリは一人で勝手にはしゃいでいた。
しかもティスリが酔っ払ったのに乗じて、ナーヴィンがさらに煽ってくる。
「ティスリさん、サイコーーー! 酔ったあなたもステキです結婚して!!」
「あはは! 寝言は寝て言えなのですよあははははーーーーー!」
うん、まぁ………………なんというか………………
ティスリが酔うと、必ず何かをやらかすわけだが、しかしそうであっても、今まではすぐに寝落ちしていたから、その被害は最小限に抑えられていた。
だがしかし。
今は飲酒魔法(結局失敗)により、中途半端に意識があるものだから、ティスリの醜態は留まるところを知らない。
そして悪ノリしているナーヴィンとは違い、ミアのほうは冷静に驚いていた。
「ア、アルデ……ティスリさんって、酔うとこんな感じなんだ……?」
ミアも酒を呑んでいて、頬をほんのり赤く染めてはいるが、悪酔いまではしていない。ミアも酒に呑まれていたほうが、ティスリにとっては、むしろ救いになったろうになぁ……
だからオレは、頬を掻きながら言った。
「まぁ……普段は、ちょっと絡み酒になったとたん即寝落ちするんだが……どうやら今日は、中途半端に魔法が効いて、こういう状態になっているらしい」
「そ、そぉなんだ……なんだか意外……」
ナーヴィンと馬鹿話に興じているティスリを眺めながら、ミアは酒をチビリと呑んだ。できれば……見ないでやってほしい(涙)
だからオレは、なんだか居たたまれなくなって、そろそろティスリを止めることにする。
「おいティスリ、酔いすぎだって」
するとティスリは、半眼に据った両目をこちらに向けてきた。
「酔ってませんよ! いったいどこの誰が酔ってるというのですか!?」
「だからお前だって。飲酒魔法も失敗したわけだし、ここは大人しく寝とけよ、な?」
「失敗してませんよ! 今でもちゃんと効果てきめんです!」
「じゃあ、お前はなんでそんなに酔ってるんだよ?」
「だから酔ってませんてば! 酒精度数1%未満で酔うわけがないでしょう!」
………………いやだから。
度数1パー未満で酔っ払ってんだろ、おまいは。
1パー未満って、本来なら酒とも言えないだろ? ちょっと小洒落た料理や菓子にだって、そのくらいの酒精が入っている場合もあるし。
ティスリのヤツ、いったいどんだけ酒精に弱いんだよ……
「なぁ……ティスリ。飲酒魔法で、酒精を完全にカットしたらどうだ? そうすりゃ、いずれは酔いが覚めるかもしれないし」
「だから酔ってません! あと完全にカットしたら楽しくないでしょ! わたしはお酒に酔った感覚も味わいたいのです!」
うーん……まぁ確かに、以前、そんなことを言っていた気がしなくもないが……
その結果、これかよ。
コイツの場合、泥酔時の記憶も残っているらしいから、明日は激しく後悔すると思うけどなぁ……
しかし、もうこうなったティスリは、誰にも止められないだろう。
だからオレは、最後の手段を取ることにした。
「ティスリよ……」
「なんですよ?」
「オレは、止めたからな?」
「止めたって、何を?」
「お前の飲酒を、だ」
「はぁ?」
最後の手段とは、つまりは保身である。
あとあとになって「どうしてあのとき、止めてくれなかったんですか!」と理不尽な非難を避けるために!
だからオレは念を押す。
「きっと、お前のことだから、今日この日の出来事も覚えているんだろう。何しろ頭がいいからな、お前は」
「とーぜんです! 超絶天才美少女のわたしが、何かを忘れるなどあるはずがないのです!!」
「ティスリちゃん! 胸大きい! もっと胸張って!!」
「ナーヴィン……お前はあとでしばくからな?」
余計な茶々を入れてくるナーヴィンを牽制しつつ──ってかティスリの胸は本当にデカいよな……おっといけない。
「とにかく、オレは止めたぞ? そして念押しでさらに止めておく。もうこれ以上、酒を呑むのはやめておけ」
しかしティスリは、顔を横にブンブン振って言ってきた。
「イヤですよ! こんなに楽しい気分が覚めちゃうじゃないですか!!」
「覚めたほうがお前のためだと思うがなぁ……まぁとにかく、オレが止めたことを覚えておいてくれればいいから。分かったな?」
「じゃあ、もっと呑んでいいんですね!?」
「呑んでいいとは一言もいってない。やめろ、と言ってるんだ。ってかそうやって、泥酔しているのに罠にはめようとするな」
ここで「もう好きにしろよ」などと言ったら、酔いが覚めたとき、そこから揚げ足を取られかねないからな。ティスリの話術は、酔っ払ってても抜かりないよ、まったく。
オレが、飲酒を認めない姿勢を断固として貫いていると、ティスリの頬がぷぅ……っと膨れる。
………………酒で赤く染まった頬を膨らませるとか……おまえ、それは反則じゃね?
普段のティスリからは信じられないその表情に、オレはうっかり絆されそうになるも、なんとか思い留まった。向かいのナーヴィンは拝め始めたが。
「べつにいいもん! アルデのゆるしなんてひつようないもん!」
いやおまえ……「もん」って……
いよいよ人格まで崩壊してないか?
オレが制止したにもかかわらず、人格崩壊のあげく幼児退行するティスリは、だというのに問答無用で酒をゴキュゴキュ呑み、それをオレが「どうしたものか……」と思いながら眺めていたら、袖が引っ張られた。
「ねぇ……お兄ちゃん」
飲み会が始まってからというもの、ずっと不機嫌だったユイナスが口を開く。
「そろそろ帰ろ? あんなバカ女なんて放っておいて」
まぁ……飲み会の席でシラフなのはつまらない、というのは分かるが、さりとて、あの状態のティスリを放っておくわけにもいかない。
「いや、オレはティスリの護衛だし、そういうわけにもいかないだろ」
「護衛って、お兄ちゃんの労働時間は何時から何時までなの? もし今も仕事だとしたら、それは時間外労働になるわよ?」
「役所じゃあるまいし、そんな決まりはないけど、放っておくわけにはいかないの」
何しろ、下手すりゃナーヴィンにお持ち帰りされかねないからな。ナーヴィンはそこまで外道だとは思わないが、しかし酔ったティスリの色香に惑わされてしまう可能性は十分にある。
…………以前、オレもちょっとだけ、ほんのわずかに気の迷いを起こしそうになったからなぁ。
でもオレは難なく思い留まったわけだが、ティスリがナーヴィンに絡んだ場合、アイツが堪えられるとは思えない。ティスリの誘惑は、男にとってはそれほどまでに強力なのだ。
オレがそんなことを思い出していたら、ユイナスが面白くなさそうに言ってくる。
「じゃあどうするのよ、この状況」
「どうするって言われてもなぁ……」
オレが考えあぐねていると、へべれけのティスリと目が合う。
ティスリは「ひっく」としゃっくりを一つしてから言ってきた。
「ちょっと〜〜〜、わたしを除け者にして何を話してるんですかぁ?」
あ、やばい。この流れは……
しかしオレが止めに入る前に、ティスリはユイナスをガバッと抱きしめた。
「なっ!?」
驚いたユイナスだが、体はしっかりホールドされているので、顔だけをティスリに向けて抗議する。
「ちょっとナニ!? 離してよ!!」
しかしティスリは、もはや酒で真っ赤に染まっている顔をにやけさせ、その顔を横に振るのみ。
「い〜や〜で〜すぅ〜。もう、は〜な〜し〜ま〜せ〜ん〜〜〜」
「ちょっとお兄ちゃん!?」
「あー………………」
ユイナスはオレに助けを求めてくるが、しかしオレはため息をつくしかなかった。
「こうなってしまっては仕方がない。諦めてくれユイナス」
「なんでよ!?」
「ティスリってば抱き癖があるみたいでな。酔うと抱きつかれるんだ」
「抱き癖ってナニ!? っていうか、なんでそれをお兄ちゃんが知ってるの!?」
「え、あ、いや……なんでと言われても……」
「つまりお兄ちゃんも抱きつかれたことあるのね!?」
ユイナスのその台詞に、まずナーヴィンが反応する。
「おいアルデ!? ティスリちゃんに抱かれたってどういうことだよ!?」
「ニュアンスが違いすぎる!!」
さらにミアも言ってくる。
「へぇ……そうなんだ。ふぅん……二人って、そういう……」
なぜかもの凄く剣呑な視線なんだが!?
しかしミアの様子はお構いなしに、ユイナスがオレに食ってかかってきそうになり──
「お兄ちゃん!? ま、ま、まさかこの女と──」
──とそこで、ティスリが声を上げた。
「ユイナスちゃん!」
「ちゃん!?」
いきなりのちゃん付けにユイナスが驚いて目を見開く──と、その隙にティスリが捲し立てた!
「ユイナスちゃんはどうしてアルデの事ばかりなのですか! ちょっとはわたしも見てくださいよ!」
「し、知らないわよあんたなんて!」
「どうしてですか!? わたしは仲良くしたいのに、いつもお兄ちゃんお兄ちゃんって! いったいアルデのどこがそんなにいいというのですか!?」
「どどど、どこがって……」
「あんな、頭が悪くて顔も平凡で甲斐性無しで、ちょっと剣の腕が立つだけの、どこにでもいる凡庸な男ですよ!?」
………………うん、別に間違っているとは言わないが、何もそこまでいう必要なくね?
オレが顔を引きつらせているというのに、ティスリもユイナスもオレそっちのけで話を続ける。
「お兄ちゃんのこと悪く言わないでよ! そりゃあお兄ちゃんは、頭も悪いし顔も平凡だし、挙げ句の果てに衛士を追放になったかと思ったら、今やあんたのヒモ同然と言っても過言じゃないケド!」
い、いやあの………………我が妹よ?
それは確かに、ティスリの護衛って意外とラクな仕事だな〜って最近は思わなくもないけれども……いちおー、仕事なわけで……
それにティスリに出会わなかった場合でも、冒険者か何かになって、ちゃんと仕送りは続けるつもりだったんだぞ? お兄ちゃんは……
オレが涙目になっているというのに二人は気づかず、さらに言い合いを加速させる。
「お兄ちゃんだって、イイトコあるんだから!」
「それはいったいどこですか!?」
「具体的には分からないけど、でもきっとイイトコあるのよ!!」
もはや──
──閉口して肩を落とすしかないオレの隣に、いつしかミアが座っていた。椅子ごと移動してきたらしい。
「アルデ、まぁ呑んで?」
「うう……ミア……優しいのはお前だけだよ……」
「そしてティスリさんと何があったのか、洗いざらい話してね?」
「………………」
もはや、この場にオレの味方はいないらしい。
ナーヴィンは、さっきから「ひやっほぅ!」とか意味不明な雄叫びを上げているだけだし。まぁアイツは元から頼りにならないが。
怒りの笑顔を向けてくるミアに、オレは顔を引きつらせていると、相変わらずティスリとユイナスの攻防は続いていた。
「ユイナスちゃん! どう考えてもわたしのほうがいいですよ! 頭はいいし天才だし強いし、お金だってたくさんあります! ユイナスちゃんが望むなら、わたしは、わたしは……!」
「あんたの世話なんかになりたくないわよ! 今に見てなさいよ!? わたしだって大金稼いで、お兄ちゃんを取り戻すんだから!!」
「そうはさせません! ユイナスちゃんはわたしのものです!!」
「お兄ちゃんの話をしてるのよ!?」
あー………………もう、何が何やら……
ティスリは明日、絶対に後悔するだろうなぁ……
もしかしたら数日は引きこもってしまうかもしれない。
でもまぁいいか。
オレは止めたし。
どぉぉぉせオレは、頭が悪くて顔も平凡で甲斐性無しだからな。
ということで、ティスリを放っておくことにしたオレは──
「さ、アルデ。呑んで呑んで? そしてティスリさんと何があったのか、白状しなさい」
──いったいどうやって、身の潔白をミアに証明すればいいのかに、頭を悩ませるのだった。ハァ……
(第3章おしまい。番外編につづく!)