[4−20]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第20話 このわたしを舐め繰り回したのですからね!
「キ、キサマら! こんなことをしてどうなるのか分かっているのか!?」
昨日に続き郡庁に乗り込んできたアルデ達だったが、応接間にやってきたのは憲兵隊のトップだった。この街を統括する憲兵隊長のようだな。
そして居丈高なのは相変わらずなので、リリィの身分は聞かされていないらしい。ずいぶんとずさんな連絡体制だが、文官と武官は仲がよくないからな。
それにリリィの従者と勘違いされていたナーヴィンを逮捕しようというのだ。意図的に身分を伝えないのは当然か。
ちなみに憲兵隊も貴族で構成されているが、状況によっては文官貴族を逮捕できる権利を持っている。とはいえ本来なら、大貴族サマのリリィに、このような態度で接するはずがないのだが。
あと当のリリィは本気でしょげはじめたのか、ソファの端っこでガックリとうなだれていた。もはや今日は使い物にならないかもな。
ということで憲兵隊長に相対したのはティスリだった。
「長官はどこへいったのです?」
「知らぬ! それより憲兵隊一班を全滅させるとはどういう了見だ!」
「それこそ知りませんよ。向こうが勝手に爆発したのです」
「勝手に爆発するわけあるか!?」
しかしティスリは激高する隊長は無視して、オレに向かって言った。
「どうやらあの長官、逃げたようですね」
「そりゃあ、そうだろうよ」
ティスリの断定を受けて、オレはぼやく。
あの長官は、ナーヴィンを犯罪者に仕立てた上で交渉するつもりだったのに、ナーヴィンを捕まえられないどころか、憲兵隊一班をあっさり全滅されてしまったのだ。
さらには、今はいじけているものの大貴族リリィがいて、天才王女ティスリの後ろ盾まである。世間的には、リリィとティスリは仲良しだと思われているようだからな。リリィが吹聴しまくっているせいで。
こうなっては、逃げないほうがおかしいだろう。
だからオレはティスリに聞いた。
「どうする? オレ達で長官を捜索するのは、さすがに骨が折れそうだが」
「捜索は、そこの憲兵隊にやらせましょう。少しは役に立ってもらわないと」
スルーされたあげくいきなり命令されて、隊長はさらに怒る。
「キサマら一体、何を言っている! 誉れ高い我ら憲兵隊を愚弄するような発言! 断じて許さんぞ!?」
あああ……知らないとはいえ、ティスリ相手にそんなことを言って……
もはやオレは、悪鬼のような顔の隊長がいっそ哀れに思えてきた。
そのティスリは、敵意どころか殺気まで向けられているというのに意にも介さず、リリィの名前を呼んだ。
「リリィ。いつまでいじけているんですか」
「お、お姉様!」
いつの間にか応接間の端っこで、何やらブツブツとつぶやき始めていたリリィだったが、まるで息でも吹き返したかのごとく晴れやかな顔つきになると、その間合いを一気に詰めてくる。
ちなみに間合いの詰め方は、オレも驚くほどに見事だった!
「お姉様! やはりわたしのことを気に掛け──」
「気に掛けてません。ですが自分の役目はしっかりこなしなさい」
「もちろんですわ!」
気に掛けていないと言われているのに気にする様子もなく、リリィはあっという間にいつもの調子を取り戻すと、熊のような隊長に向かって臆することなく名乗りを上げる。
「控えなさい! こちらにおわす方をどなたと心得ておりますの!? 畏れ多くも先の──」
「おバカ! なんでわたしのことを明かそうとするのですか!」
「でもお姉様! この男、たかが憲兵隊長のくせにあまりに失礼な態度を──」
「たかが憲兵隊長だと!? キサマ、この名誉ある役職を誰に賜ったと──」
いよいよ殴りかかってきそうになる憲兵隊長の目の前に、リリィが自身の紋章をじゃらりと下げた。
「……!? こ、この紋章は……!」
「まったくうるさいですわね。お察しの通り、わたしはリリィ・テレジア。大貴族テレジア家が摘女にして、王女殿下のご加護を一身に受けたものですわ!」
あ、言い回しがちょっと変わってる。
っていうか寵愛じゃなく加護って……より悪化してない? もはやティスリを神サマ扱いしているぞ、このコ……
当のティスリを見ると、額を抑えて首を振り、盛大なため息をついていた。
まぁ、心底どーでもいいケド。
そんなリリィが立ち上がったまま、焦る隊長を見下ろした。
「さてそこな隊長。これまでの数々の暴言、いったいどういう了見なのか説明してもらおうかしらぁ?」
「は、ははっ……」
隊長は、まるでソファからずり落ちるかのように片膝を付いて最敬礼をして、それから言い分けを始めた。
「ま、まさかテレジア家のご令嬢が来ているとは夢にも思わず……というより長官殿からは、そのような報告を受けておりませんでして、この失態はむしろ長官殿のせいかと思われます……!」
憲兵隊長には貴族の逮捕権があるものの、立場的には文官貴族のほうが上だ。だというのにこの隊長は、自分の失態を長官に擦り付けようとしていた。
そんな隊長を、いつもの調子を取り戻したリリィがジロリと睨む。
「だからといって、常日頃からあのような態度では、まったくもって頂けませんわね」
自分のことは棚に上げるどころか神棚にお供えして、リリィはそんなことを言っていた……が、隊長に反論する余地はない。
「ま、まったくもっておっしゃる通りです。面目次第もございません……」
「此度のことは、あとでしっかりと問題にしますからね。ゆめゆめ忘れぬように」
「ぐっ……し、しかし……」
隊長が何か反論してくる前に、リリィは話を進めた。
「で、その長官はどこにいったのです?」
「そ、それが……我々も捜しているのですが、本当に行方知れずでして……」
「休日でもないのに公務を放り出すなど言語道断ですわね」
「ま、まったくその通りでございます……」
「ならばあなたに任務を与えます。長官を捜し出し、逮捕なさい」
「た、逮捕ですか?」
隊長と長官、いくら仲が悪いからといって逮捕なんて考えていなかったのだろう。確かに、ちょっと無断欠勤したくらいで逮捕はやり過ぎだ。
しかしリリィは、まともな理由を伝えることなく捲し立てた。
「当然ですわ! 何しろ、このわたしを舐め繰り回したのですからね!」
「は、はぁ!? リリィ様を舐め繰り回した!?」
どうやら物理的というか身体的な意味合いに捉えたらしい隊長は、のけぞって驚く。
だがリリィは、その驚愕の眼差しにはまるで気づかずさらに言い募った。
「つまりわたしを舐めたということは、テレジア家を舐め繰り回してくれたも同然!」
「テ、テレジア家をも!?」
「そしてテレジア家を舐めたということは、つまりはお姉様を舐め繰り回したもふっ──」
と、そこで。
聞くに堪えなくなったのか、ティスリがリリィの口を塞いでいた。
「妙な言い回しはしないでください……!」
「もふもふもふっ……♪」
急に口を押さえられたら息苦しいだろうに、リリィはなんだかとっても嬉しそうだ。
まぁ………………本人が嬉しいなら、別にいいんだけども。
というより、片膝を付いて二人を見上げている隊長が呆然としている。
そりゃそうだ。この国では王族に次ぐ権力者であるリリィの口を、こうもあっさり塞ぐなんてあり得ないのだから。高貴な身分の人がしゃべっているのを遮るだけでも、下手すりゃ監獄送りだというのに。
しかし隊長の驚きは気にもしないで、ティスリがリリィに言った。
「もういいです! あなたは黙っていてください……!」
「そ、そんなお姉様……!? わたしはお姉様のお役に立ちたくて──」
「いいから黙ってなさい!」
「は、はひっ……♪」
叱られているというのに、なぜか目をハートにしてリリィが黙る。
そうしてリリィを黙らせてから、ティスリは口元をちょっと引きつらせつつも、呆然とする隊長に言った。
「長官の罪状は、無実の国民に暴行を指示した教唆罪です。さらには虚偽罪もあり得ますし、下手をしたら反逆罪の可能性も考えられます」
「は、反逆罪……!?」
とんでもない罪状を言われて隊長が目を見開くが、ティスリはお構いなしに話を続ける。
「まずは実行犯を捕まえ、そこから関係性を割り出しなさい。返り討ちにあったのならまだ病院でのうのうと寝ているのでしょう? であればすぐに逮捕できるはずです」
「え、えっと……」
ただの従者と思っていただろうティスリに、そんな命令をされて……
しかしリリィへの態度や、さらには驚くべき戦闘能力からさすがに察したのか、隊長の顔がみるみる内に青ざめていき、そして滝汗がボタボタと床に落ちた。
「ま、まさか……あなた様は……」
「ああ、それと」
今にも卒倒しそうになる隊長に、ティスリはつまらなさそうに言った。
「今この場で起こったことは忘れた上で、任務に励むように。もちろんわたしも忘れます。あなたがどのような言動を取っていたかも、ね」
そう言われて隊長は、全身ガクブルになりながら、額を床にくっつけんばかりに平伏するのだった。