[4−12]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第12話 グリグリされているのになぜ嬉しそうなんだ……?
アルデ達五人が郡庁に入ると、その先頭を歩いていたリリィが、案内係を掴まえたと思ったら、自分の頭上に高々とペンダント型の紋章を掲げる。
オレでは、その紋章がどこの家のものなのか分からないが、状況から自分ちの紋章なのだろう。さらにはリリィが口上まで捲し立てたのでそれはハッキリした。
「わたしはリリィ・テレジア! 大貴族テレジア家が摘女にして、王女殿下の寵愛を一身に浴びる者ですわ!」
「テ、テレジア家!? 王女殿下の寵愛!?」
郡庁のある街とはいえ、王都や領都などとは比べるべくもない小さな街だ。そんな田舎街に、突如として大貴族様が現れたとあっては驚くのも無理はないだろう。
受付係は飛び上がらんばかりに驚いて、それからすぐに片膝をついて最敬礼をする。
さらには、出入口付近にいた職員や平民達も仰天して、その直後に全員が最敬礼をしていく。まるで波紋が広がっていくかのように、視界に移る人間全員が片膝を付いて頭を垂れるまで、大した時間はかからなかった。
「まったく……事を荒立てるなといったのに……!」
それを見て、オレの横でティスリが怒っていた。
「そもそも寵愛なんて与えていません……! まさかあのコ、事ある毎にこんな虚偽を吹聴しているのではないでしょうね……!?」
どうにもティスリは怒りが収まらないらしく、ブツブツと文句をこぼしている。なんでティスリがそんなにリリィを毛嫌いしているのかは知らないが……こりゃあ、この視察が終わったらまたもやリリィは折檻だろうな、先ほどのように。
そんでもって、その折檻を見てビビりまくっていたナーヴィンは──なぜならティスリに手を出そうものなら同じ末路を辿るからだ──今度は開いた口を塞ぐこともできずに呆然としていた。
「おいナーヴィン。そんなマヌケ面をしてるな。せめて口を閉じろ」
「え? あ……お、おう……別にマヌケ面なんてしてないぜ……?」
オレたち平民にとっては、周囲の人間全員に、片膝ついて頭を下げられるなんて体験するはずもないからな。唖然とするのも無理はない。
もっともこの場合は、オレたちに最敬礼をしているわけではないのだが、敬礼の向きからして、オレたちにもそれが向けられているような錯覚を感じてしまうのだ。
そんなナーヴィンを窘めていたら、ユイナスが「ふふ……」と薄く笑っていることに気づく。
「これが……これが権力というものなのね……ふふ……いい……いいわ……」
おそらく無意識につぶやいているのだろうが……頬を赤らめて恍惚としている我が妹を見ていると「もはやコイツ、ヒトとして駄目なんじゃね?」と思えてくるので、オレはため息をつくしかなかった……
そんなやりとりをリリィの後ろでしていたわけだが、その間にリリィは話を進めていた。
「そこな受付係。面を上げなさい」
「は、はひ……」
「今日は、この郡庁に視察をしにきました」
「し、視察でございますか?」
「そう、視察よ。ということで、この地域を治める地方貴族を連れてきなさい」
「え、あ……え? 貴族様というと……郡庁長官のヨーヒム様でしょうか?」
「名前なんて知らないわ。とにかくこの郡を治める責任者を連れてきなさい。わたしが直々に面談して差し上げましょう」
「は、はひっ……! しょ、少々お待ちを……!」
言うや否や、受付係は部屋の奥にすっ飛んでいく。まさに脱兎のごとく。
「あ、ちょっと! わたしたちを貴賓室に案内するのが先──」
しかし受付係は部屋の奥にいってしまったので、その姿はもう見えない。
あとに残ったのは、最敬礼をし続ける平民のみだった。
「まったく、これだから平民は。礼節をまるで知らないこと甚だしい──あ、お姉様!」
静まり返った受付ホールで、怒りを露わにするティスリがリリィの前に立った。
明らかに怒っているティスリを前に、しかしリリィはなぜか満面笑顔……リリィは、人の感情を読み取ることができないのだろうか?
そんなリリィは、先ほどとはまるで違う浮かれた声でティスリに言った。
「いかがでしたかお姉様! これで責任者があっという間に来ること間違いなしですわ!」
「わ・た・し・は……」
そうして、ティスリの怒りが爆発する。
「道中であれほど『事を荒立てるな』と言いましたよね!?」
「え? 別にわたしは、事を荒立ててなんて──って、あいだだだだだ──♪」
そうしてリリィは、ティスリにこめかみをグリグリされて悲鳴をあげる。
この程度の折檻なら、ティスリもそこまで怒っていないのか? あるいはさっき、勢い余って気絶させてしまったことで、無意識にセーブしているのかもしれない。
っていうかリリィは、グリグリされているのになぜ嬉しそうなんだ……?
まぁいずれにしても、だ。
どうやらリリィにとっては、この程度の状況は『事を荒立てる』ことに含まれていなかったようだ。確かに、貴族だったらこれは『ごく当たり前』という認識なのだろう。
しかしその貴族の親玉であるはずのティスリは、全然違う認識を持っているからなぁ。むやみやたらと平民に傅かれるのを嫌がるようなヤツだし。
いわゆる価値観の相違というヤツか。これじゃあ貴族代表みたいなリリィがティスリに毛嫌いされてもやむなしだな。
そんなことを考えながらオレは、グリグリされてるのに喜ぶリリィを眺めるしかないのだった。
っていうかこの状況、どうすんだ……?