[3−26]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第26話 最強の天才であるがゆえに、ぼっちでコミュ障
アルデたちが真面目な話をしていると、ふと、視界の端に村人の姿が入った。
それも一人二人の姿ではなく、ざっと数えただけでも十数人はいるだろう。そしてその先頭をナーヴィンが歩いていた。
「はぁ……やっぱり来たか」
オレはため息をつくと立ち上がる。そんなオレをティスリが見上げてきた。
「アルデ、あの人達は?」
「さっき言ってた、村の若い連中だよ」
「ああ……ということは、皆さんアルデの友人ですか?」
「まぁな。もっとも、この村の同世代はみんな友人だし、歳が離れてても全員顔見知りだけど」
「なるほど……ではご挨拶を」
そう言って、ティスリも立ち上がる。
正直、ティスリと村の連中とは、あまり関わらせたくない気分になっていたが──身分は元より、ティスリの本性がいつ露呈しないとも限らないし──しかしティスリの容貌はどこにいても目立ってしまうから仕方がない。実家に閉じ込めておくわけにもいかないし。
オレがそんなことを考えていたら、立ち上がったオレとティスリに気づいたのか、ナーヴィンが手を振りながら小走りでやってきた。
「お〜い、ティスリさ〜ん!」
いや……なんでアイツは、昨日知り合ったばかりのティスリに手を振ってるんだよ。普通、昔からの友人であるオレに手を振るだろ?
オレがいささかムッとしていると、ナーヴィンがあっという間にオレたちの元へとやってくる。さらにナーヴィンはオレをスルーしてティスリに言った。
「ティスリさん、農作業をしてるって本当ですか!?」
息を切らして、今にもティスリに飛びつかんばかりのナーヴィンに、ティスリは微笑みながら答えた。
「ええ。農業体験をすることが、視察旅行の目的でもありましたので」
「そうなんですか? でもなんだって、政商のティスリさんが農業体験を?」
「農業は、生活の基盤ですからね。にもかかわらず、わたしはこれまで農業というものを知識としてしかしりませんでしたから、機会があれば実体験してみたかったのです」
「ははぁ……そうですか。さすがはティスリさんだ!」
「おい、ナーヴィン」
オレは横から口を挟む。今やナーヴィンは、昼間っから酒でも呑んでいるかのような眼差しでティスリを見ていて、オレのことなど視界に入っていないようだった。
そのナーヴィンは、初めてオレに気づいたかのごとく言ってくる。
「おお、アルデか。いたのか」
「ずっとティスリの横にいただろ! ってかお前が連れてきた有象無象はなんだよ?」
オレが指差すと、ナーヴィンの少し後ろで、男が10人、女が4人ほど突っ立っている。みんな、アホ面をさげてティスリに魅入っていた。もちろん全員が顔なじみで、オレとは一年半ぶりの再会だというのに……誰もこちらを見向きもしないんだが……
まぁ例によってティスリの美貌に驚いているんだろうが……そんな、魂を抜かれたかのような顔になるほどか?
男どもは目を見開いたり、顔を真っ赤にしたりしている。確か、ナーヴィン以外は全員既婚者だというのに。
あと女たちは、ティスリに憧憬の眼差しを向けているようだ。美貌の秘訣を少しでも聞きたいという顔をしているが……ティスリの場合、そもそもの素体がまず違うし、あとさっきの日焼け止めもそうだが、魔法でいろいろケアしているっぽいから、聞き出しても真似できないと思うがなぁ。
そんな連中にナーヴィンは横目を向けつつ、オレに言った。
「いや、オレが連れてきたわけじゃねぇよ。なぜか、とんでもない美少女が農作業してるって噂が流れてきて、オレは、ティスリさんだと分かったからやってきたんだけど、そうしたら途中でこいつらと鉢合わせたんだ」
「なるほど……」
やはり、日々の暮らしに刺激の少ない農村では、ティスリの存在はそれだけで噂の的になるようだ。
大都市で例えるなら、演劇や歌劇のスター俳優が、街中で買い物をしているようなものかもな。
だからオレは、連中とティスリの間に体を入れてから言った。
「おいお前ら、久しぶりだな?」
すると我に返った数人が言ってくる。
「お、おお……アルデじゃないか」
「お前、いつ帰ってきたの?」
「っていうかその人とはどういう関係だ!?」
オレが話しかけることで、全員初めてオレに気づいた感じなんだが……
こいつらなんなの? いくらなんでも薄情すぎやしないか?
口の端がちょっと引きつるのを感じながらも、オレはみんなに向かって言った。
「オレの近状は、あとで回覧板にしてまとめるって。だから今は仕事に戻れよ」
「いや、お前の近状なんてどうでもいいんだよ!」
「そうだそうだ! そこな美人は誰なんだ!?」
「あとお前とはどういう関係なんだよ!?」
うん、いま罵ってきた奴らはあとでシメよう。
しかし他の連中も知りたそうな顔をしていたので、オレはやむを得ず、なんどもしてきたティスリの紹介を始める。こんなことなら昨日のうちに、回覧板や掲示板で、ティスリのことを周知させておけばよかったと思いながら。
「──と、いうことだ。これでティスリのことは分かっただろ? そうしたら早く仕事に戻れよ」
オレがそう締めくくると、14人全員からブーイングが飛んでくる。
いわく、ちょっとはティスリとおしゃべりさせろ──と。
するとナーヴィンが連中に言った。
「おいお前ら! ワガママ言ってないで仕事に戻れ!」
しかしナーヴィンは反撃を食らう。まぁ当然ではあるが。
「ナニ言ってんだナーヴィン! お前だって部外者だろ!?」
「ざんねんでした〜! オレは昨日、すでにティスリさんと知り合ってんだよ!」
「たった一日の違いじゃねーか!」
「お前らはモジモジしてるだけで知り合ってもねーだろ!?」
などと言い合いが始まる。
ナーヴィンが言えばいうほど、この場の収拾は付かないと思うんだが……
どうしたものかとため息をつくと、オレの背中が突かれた。
振り向くと、オレの後ろで様子を見ていたティスリが言ってきた。
「わたしは別に構いませんよ。皆さんを紹介してください」
「えー……そうか?」
なんとなく、連中にティスリを紹介するのは気が進まないんだが……
やっぱりアレだ、ティスリの不評を買って黒焦げにされるのは、バカな連中でも友達だから忍びないというか……
だからオレが躊躇っていると、ティスリは小首を傾げた。
「なぜ思い悩む必要があるのです? ちょっと立ち話をするだけでしょう?」
まさか「友達を黒焦げにしたくない」とは言えず(そんなことを言ったらオレが黒焦げだ)、だからオレは観念して頷いた。
「そうだな……分かったよ」
そうしてオレは、喚き合っているナーヴィンたちに言った。
「分かった分かった! そしたら一人ずつ面通しするから、おまえら一列に並べ!」
すると全員が歓声を上げたかと思ったら、またたく間に一列に並ぶ──と、いつの間にかオレの隣にいたナーヴィンが舌打ちした。
「あいつら全員結婚してんだから、紹介なんてしなくていいのに……」
「ってか、お前はどの立場でオレの隣にいるんだよ。ティスリと話したいなら、お前も並べよ?」
「なんで!?」
「いや、なんでと言われても……」
もはや説明するのも面倒になったオレは、ナーヴィンの尻を蹴り出す。力で押されたら敵わないと知っているナーヴィンは、渋々ながらも列の最後尾についた。
そんな感じで、ティスリと若い村人達の交流が始まる。
トップバッターの村人A(男)は、なぜかペコペコ頭を垂れつつ後頭部を掻き、恐縮しまくりながらティスリとの会話を始めた。
相対するティスリのほうは、大変に優雅な笑みを浮かべ、緊張しまくる村人Aとの会話を上手くリードしているようだ……ってかティスリのヤツ、なんであんなに愛想いいの?
そうしてその後ろで列をなす村人達は、自分の番が来るのをソワソワしながら心待ちにしている──という状況だ。
「う〜〜〜ん……なんだコレ?」
オレは、少し離れた場所でその様子を傍観しながら、首を傾げるしかない。
自分で並ばせておいてなんだが、この光景……妙な感じだなぁ……
友達が急に有名人になって、チヤホヤされているというかなんというか……
いやまぁ、ティスリはそもそも有名人どころの話ではなくて、本来なら、こうやって、誰もがしどろもどろになる存在なんだろうけれども……
これまでの道中で、ティスリの地を散々と見てきたものだから、オレに取ってはもはや違和感でしかない。
「面白くなさそうな顔してるね?」
オレが不可思議な気分になっていたら、いつのまにかオレの横にミアが立っていた。さらに逆側にはユイナスもいて、今の台詞に聞き返したのはユイナスだった。
「お兄ちゃんが面白くないって、どういう意味よ?」
するとミアは含みのある笑みを浮かべる。
「ティスリさんをみんなに取られて、面白くないんじゃない?」
「え!? 本当なのお兄ちゃん!」
ユイナスが袖を引っ張ってくるので、オレはため息をついてから答えた。
「違うって。それと勝手な邪推をするなよミア。別にそんなんじゃない」
するとミアは首を傾げて聞いてくる。
「じゃあなんで、そんな顔してるの?」
「そんな顔って言われてもなぁ……」
思わず口元を押さえるが……オレ、そんなに面白くなさそうな顔してたか?
まぁ……少なくともウキウキしているとかじゃないのは確かだが……
だからオレは、ぽつりとつぶやく。
「強いて言えば……違和感かな……?」
そう──感じるのは違和感だ。
なんに対して違和感を覚えているのかと言えば、にこやかに笑みを浮かべるティスリのあの態度に、だ。
もちろんオレだって、ちょっと失言しただけで、ティスリが連中を黒焦げにすると本気で思っているわけじゃない。
けどさぁ……なんというか……
なんか、オレと出会ったときの態度と今の態度は、あまりにも違うんだが……
王城を追放されてティスリと出会ったとき──アイツは人の気もしらないでズゲズゲと心を抉ってくれたもんだ。
その後も愛想笑い一つ浮かべず、つ〜んと澄ましている(くせにどこかちょっと抜けている)、そんな感じだったのだ。
領都の武術大会で、グレナダ姉弟と知り合ったときだって──まぁオレとの出会いよりはマシだったが、あそこまで猫を被ってたりはしなかった。
だというのに、今はまるで王侯貴族同士で会話するかのような、どこに出してもまったく失礼のない完璧な優雅さで、村人達と会話している。
ってかティスリはそもそも王族なわけだが……ああ、なるほど?
つまりあの猫かぶりが、王女としての立ち振る舞いというわけか。
王宮とかでは、ああいう態度だったんだろうなぁ……
でもだとしたら、たかが村人にすぎないあいつらに、なんであんな態度なんだろう?
オレがそんなことを考えていたら、ミアが改めて聞いてきた。
「違和感って、どういう意味?」
「えっと……なんというか……」
オレとの態度とあまりに違うから……と答えようとしたが、しかしオレはその台詞を飲み込む。
その台詞だと、まるでオレが、村の連中に嫉妬しているかのようにも受け取られかねないし。
だからオレは、慎重に言葉を選んでから答えた。
「ティスリって人見知りだから、ああやって初対面の人間と会話するのは、苦手だと思っていたんだよ。なのに流暢に話をしているから……驚いただけだ」
「え……? そうなの? 人見知りには見えないけど」
「今のアイツを見てる限りでは、そうなんだけど……」
最強の天才であるがゆえに、ぼっちでコミュ障で、だから他人とは関わりたがらない──ティスリに対するオレの印象はそんな感じだった。
だというのに、初対面の相手でもごく普通に談笑が出来ている。
そんなティスリに、オレは違和感を覚えたのだろう。
まぁ……王女なのだから、そのくらいの処世術は出来て当然と言えばそうなのだが……だとしても、オレの中の違和感は拭えないのだ。
そんなわけでオレが首を傾げていると、ミアが言ってきた。
「アルデの言うとおり、もしティスリさんが本当は人見知りだったのなら……」
「だったのなら?」
オレはミアの顔を見る。するとミアは、ちょっと苦笑しながら答えてきた。
「今ああしているのは、アルデのためなんだろうね」
「オレのため?」
意味不明なミアの言葉に、オレは眉をひそめる。
「えーと……なんでオレのためなんだよ?」
「だってアルデの地元で、あなたの友達に悪印象を与えるわけにはいかないでしょう?」
「え? ま、まぁ……そう言われてみれば……」
「だからティスリさん、がんばってるんじゃないのかな」
「………………」
えーと……本当に?
まさかあのティスリが?
オレに気を使って愛想良くしていると?
「いや……まさか……?」
ミアのその予想はにわかに信じられず、オレは目を丸くするしかないのだった。