[5−19]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第19話 あなたお休みはいつですの?
「お兄ちゃん、お帰り!」
夜六時を回ると、お兄ちゃんが仕事から帰ってくる。
ユイナスはそれを、豪華な玄関ホールで出迎えるのだった!
「ちょ、ユイナス……! 毎日ひっついてくるなよ……!」
「えー、いいじゃない。わたしたち、兄妹なんだし」
「こんなひっつく兄妹がいてたまるか!」
「もう、お兄ちゃんたら。照れちゃって」
「照れて言ってるんじゃない!」
ま、いいけどね! お兄ちゃんの照れ隠しは今に始まったことじゃないし!
などとわたしが考えていたら、お兄ちゃんの手荷物を侍女が恭しく受け取って、屋敷の奥へと消えていく。そんな侍女を見ながらお兄ちゃんはつぶやいた。
「それにしても……未だになれないな、この暮らし……」
お兄ちゃん、最初のころは侍女への対応が分からずに「あ、いいです。自分で持ちますから……」と断っていたんだけど、それだとむしろ侍女のほうが困ることに気づいて、手荷物を渡すようになったのよね。
なぜこのような待遇なのかといえば、わたしたち兄妹はリリィの客人ってことになっているから、身分が平民でも貴族同然の応対なのだ!
しかも掃除も料理も洗濯も、ぜんぶ侍女がやってくれる!
当初はお兄ちゃんが「いやそれだとユイナスがダメになる!」と言っていたんだけど、やはり、自分の私物だけ洗濯したりすると侍女の邪魔になるってことで、家事の一切はやらなくてよくなったのだ!
ここは天国か何かなの!?
お兄ちゃんは、そうやって侍女に傅かれるのに未だ気後れしているようだけど、わたしはそんなことないわ!
なんというか、もう本当に貴族っぽい!
っていうか貴族扱いされてるんだから当然よね!
王都の、しかも最高級住宅地のど真ん中で!
さらには前庭やら中庭やら噴水やら花園やらがある大きな屋敷で!
まさかこうして、お兄ちゃんと一緒に暮らせる日が来るなんて!
あばら屋みたいな実家での貧乏暮らしのさなか、子供のころから夢見ていた暮らしが……いま実現してる!!
わたし、なんか今、幸せ絶頂期じゃない!?
「あらアルデ、帰ってたのですか」
などと有頂天になっていたら、数階分はある吹き抜けの二階部分から声が掛けられた。
見上げると、そこにはドレス姿のリリィがいた。
あれほど煌びやかなドレスを着ているというのに普段着だというから驚くばかりだ。さすがにあれじゃ動きづらいから、わたしはもっと簡単な服装だが、これだって、平民からしたらあり得ないほどに上等だ。
別に頼んでないのにリリィが「うちの屋敷に住むなら、さすがにもうちょっと上等な服を着てくださいな」と言ってきたのだ。で、その日は着せ替え人形のような扱いだったからいささかうんざりしたけども。
まぁいずれにしても、だ。
わたしとお兄ちゃんのひとときを邪魔するなんて……
わたしは、アーチ状の階段を降りてくるリリィに文句を言ってやる。
「もぅ! わたしとお兄ちゃんの再会を邪魔しないでよ!」
「再会って……毎日会っているではないですか」
「でも会えない時間の方が多いでしょ! お兄ちゃん、学生じゃないんだから!」
「いやあの……あなたたち、学生のころはそんなにベタベタしてたんですの?」
「そうよ!」「違う!」
おっと、わたしとお兄ちゃんの声が重なったわね!
「もぅ! お兄ちゃん、やっぱり気が合うね! タイミングばっちり!」
「内容は正反対だったろ!?」
ふふっ……嫌い嫌いも好きのうちっていうし、お兄ちゃん、ほんと恥ずかしがり屋さんだなぁ!
仕方がないわね。せめて人前では、ラブラブな雰囲気をおさえてあげよっかな。
とわたしは考えて、お兄ちゃんと腕を絡ませる程度にしたのだけど、なぜかお兄ちゃんはため息をついていた。
その後、わたしたちは大広間へとやってくる。食事までの間は、だいたいがこの部屋でお兄ちゃんと一緒に過ごすのだ。部屋というよりホールという感じだけど。
本当は、お兄ちゃんと二人っきりになりたいのに、いつもリリィが一緒なのよね。まったく、空気を読めないコなんだから……!
そんなリリィはお兄ちゃんに、今日も同じ質問をする。
「それで今日のお姉様は、何をされていましたか……!?」
そう──リリィは毎日、お兄ちゃんにティスリの様子を聞くのだ。
「今日もずっと会議とデスクワークだったってさ。会議室と執務室を行ったり来たりだろうな」
「それはそうでしょうけれども、お姉様のお仕事振りはどうだったのですか!?」
「いやそれが、オレは今日から兵士の教官をやることになってな、だから詳しくは見てなくて──」
「ついにクビになったのねお兄ちゃん!」
わたしは喜び勇んでお兄ちゃんに顔を近づけると、お兄ちゃんはわたしの額をグイグイ押しながら言ってくる。
「違うっつーの! 城内なら護衛も必要ないし、ずっと立ちっぱなしだと疲れるだろうからって気を使ってくれたの!」
「あの女が気を使うわけないじゃない! それは暗に別れをほのめかしてるのよ!」
「んなわけあるか!?」
わたしがいくら別れ話だと言ってもお兄ちゃんは信じない。さらに話を強制的に打ち切られてしまう。
それでもわたしが食い下がろうとしたとき、ティスリの近状が聞けなくなってしょんぼりしていたリリィに、侍女が声を掛けた。
「ああ、そうでしたわね……」
リリィは侍女と少し話したあと、お兄ちゃんに顔を向ける。
「アルデ、あなたお休みはいつですの?」
「ん? そういや、とくに決まってないが……まぁ今のオレはぶっちゃけ暇だし、いつでも取れると思うぞ」
「そうですか……では明後日、休みをとってくださる? ちょっとお遣いを頼みたいのです」
「お遣い? もちろんいいけど、でも何を?」
リリィがお兄ちゃんに頼み事なんて珍しいわね……
そしてリリィはお遣いと言ったけど、その内容はお遣いとはかけ離れたものだった。
「こういう世情ですから、テレジア家の私兵装備を一新しようと思っているのですが、それをあなたに見立ててもらいたいのです」
「装備を見立てる?」
「ええ。あなた、剣の腕だけはお姉様も認めるほどでしょう?」
「いやあの……その話になると、なんでみんな『だけ』をつけるの……?」
「細かいことはどうでもいいのです。とにかくその腕を見込んで、武具の使用感をレビューして頂きたいのですわ」
「レビューと言われても……オレ別に、武具に精通しているわけじゃないぞ?」
「構いません。剣を振ってみて、使いやすいか否かを判断するだけでいいのです。あなたが『使いやすい』と感じたということは、すなわちよい武器なのでしょうからね」
「ふむ……その程度でいいなら大丈夫そうだな。分かったよ」
「そうですか。では従者を一人つけますから、明後日の午前11時に、王都の噴水広場でその従者と待ち合わせ、ということで……」
そこまで聞いていたわたしは、お兄ちゃんに確認する。
「武具選びなんてデートっぽくないけど、まぁいいか。それでお兄ちゃん、そのお遣いが終わったら何しよっか?」
わたしがそういうと、リリィが呆れ顔で言ってきた。
「ユイナス、あなたは何を言っているのですか。明後日は平日ですよ、あなたは学校があるでしょう?」
「ならお遣いは週末にズラせばいいじゃない!」
「週末は、武具店がお休みなのですよ」
「そんなの、あんたの権力でどうにでもなるでしょ!」
「あなた……わたしのことを、便利屋どころか大魔王と勘違いしてません?」
などと揉めたのだが、結局は、お兄ちゃんが平日と休日、それぞれ休みを取るということになった。
「もう! 休日はぜんぶ、お兄ちゃんで埋めたいのに!」
「いやさすがに、休日すべてを妹と過ごすとか……勘弁してくれ……」
「お兄ちゃん、照れ隠しもそこまで行くとちょっと酷いよ?」
「酷いのはお前だが!?」
まぁいいわ。会えない時間が二人の絆を強くするって話も聞いたことあるしね。一日くらい、お兄ちゃんにも自由時間を認めてあげましょう。
そんなわけで──
──このときのわたしは、かなり浮かれていて気分が大きくなっていたのだ。
だからわたしは、このお遣いの裏に隠された真の目的に気づけなくて……
このときの判断が、大きな間違いだとのちのち思い知らされるなんて、今はまだ夢にも思わないのだった!