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[6−34]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第34話 もっともっと、歪ませたい

 ジハルドわたしが、本陣でティアリース殿下を待つことしばし──

 ──殿下は、定刻通りにその姿を見せました。

 なんと、護衛の一人も付けずに!

(くくく……よほど腕に覚えがあると見えますね)

 お飾りだとしても、十数名の護衛や士官を連れてくるものとは思っていましたが……一人で来るとは。

 だからわたしは、思わず本心を言ってしまいました。

「殿下はお強いとは聞き及んでいましたが、まさか敵本陣に単身で来られるとは。その自信に足元を掬われないことを願うばかりですよ」

「ご心配なく。そのような事態になるはずもありませんから」

 そう言って無表情のまま着席する殿下でしたが……その表情は、これまでのものとは違い、わずかに強張っていることが見て取れました。

 もっとも、観察眼の優れたわたしにしか分からないほど小さな違いですし、殿下自身、あれで隠し通せているつもりなのでしょうけれども。

 ふふ……そうですか。

 やはり、民兵を率いてのこの臨戦状態は、さすがの殿下も想定外だったということなのでしょう。

 殿下の予想を超えられたことには、喜びを感じざるを得ませんね。

 ですが……もっとです。

 あの美しいお顔を──

 ──もっともっと、歪ませたい。

「大した自信ですが、それを支えているのは殿下の魔力ですか?」

 そもそもわたしは、こんな和議はどうでもいいのです。

 わたしが和議に応じたのは、殿下個人をどうにかしたいだけなのですから。

「殿下。魔法は、あなただけのお家芸ではありませんよ?」

 皮肉を込めてそう言うと、殿下は無表情を装ったまま言ってきます。

「そうですか。ではあなたも魔法が使えるというのなら、最大限に警戒しなさい」

「……はぁ?」

 いきなり妙なことを言い出され、わたしは眉をひそめます。

 お得意の奇策、でしょうか……

 ですが殿下は、奇策にすらなっていないことを口走ります。

「わたしの部下が先走り、あなたを狙っています。下手をしたらあなた、暗殺されますよ」

 わたしは目を細めて殿下を見ました。

 その狙いが……まるで分かりません。

「…………何を言っておられるので?」

「言葉通りです。刺客が向かってきているから、警戒を厳にしなさい」

「だとしても、なぜそれをわたしに言うのです? わたしが暗殺されるなら、殿下にとっては好都合でしょう?」

「それでは和議になりません。だから警戒しなさい、と言っているのです」

「………………」

 妙、ですね……

 わたしは、ごくわずかな時間であらゆる可能性を模索します。

 この状況で、和議など成立するはずがありません。それでも、当面の戦闘を回避したいのであれば指揮官を暗殺するのは妥当でしょう。

 無論、わたしとてそれを警戒しています。そもそも魔族であるわたしが、殿下以外の人間に負けるはずもありませんが、殿下のことですから、裏を掻いた奇襲に出てこないとも限りません。

 だというのに、です。

 その殿下の口から『刺客に気をつけろ』という。

(心理戦のつもり……でしょうか?)

 いずれにしても狙いが分からない。

 これが凡庸な王女であれば、あまりの出来事に為す術がなくなり、もはやブラフをかましているだけとなるのですが……

(この殿下が、そのようなことをしますか?)

 答えは、するはずがない。

 しかし狙いが分からない。

 だからわたしは、殿下の言われるとおりに警戒するしかなくなります──癪ではありますが。

「ご忠告、痛み入りますね……分かりました。警戒を厳重にしておくとしましょう」

 わたしは伝令を呼ぶと、本陣警備にさらなる人員追加をするよう指示をしました。

「これでよろしいですかね?」

 わたしの問いかけに、殿下は相変わらず、感情を押し殺した表情で答えます。

「多少の時間稼ぎにはなるでしょう」

「………………」

 分からない……

 殿下はいったい、何を考えているのだ?

 民兵の件での硬さだと思っていたのですが……今の殿下の意味不明な言動のあとで改めて考察するに、そうではない気もしてくる。

 何かを心配しているような、そんな焦燥。

 であるとしたら、いったい何に……?

 疑問が渦巻き、わたしが黙っていると、殿下のほうから和議の口火を切りました。

「それでは和議を始めましょう」

「おやおや……ずいぶんと忙しないですね。わたしはもう少し、歓談を楽しみたいのですが」

「その余裕はありません」

「なぜですか?」

「先ほども言った通り、あなたが狙われているからです。早く和議を終わらせ、矛を収めてもらう必要があります」

「ほう? 和議の結果に、わたしが軍を引くと?」

「交渉次第だと思っています。では、あなた方の要求を聞きましょう」

「………………」

 どうして殿下は、これほどまでに焦っている……?

 そもそも戦力としては、殿下のほうが圧倒的に上なのだ。こちらは、平民を寄せ集めただけで、訓練もしていないハリボテの軍に過ぎません。その数も1000人程度しかいません。

 対する王国軍は、国境隊を動員しているでしょうから、数だけでも三倍は終結しているはず。さらには、訓練も十分に積んだプロの兵士です。

 こちらの優位性は『人間の盾』しかない。

 だとしたらこの交渉を出来る限り引き延ばし、妥協点を探りたいはず。

 まったくもって不可解な対応に、わたしは疑問を通り越して不信感をあらわにします。

「殿下、いったい何を焦っておられるのかな?」

「ですから、あなたの命が危ういからですよ……!」

「…………」

 いや……まさか。

 彼女は本当に、わたしの命の心配をしているというのか……?

 しかし、だとしたらなぜ……

 彼女の意図がますます分からなくなり、わたしは混乱しかけます。

 いや待て。

 これは──これこそが術中なのか?

 こうして意味不明な言動をすることで、わたしを混乱させ、有利な条件を引き出そうとしている……

 交渉ではよくある手ですが、しかし……

 こんな見え透いた手段を、あの殿下がもちいてくるのか?

 だとしたらわたしは、この女を買いかぶり過ぎていたということになるが……

 困惑するわたしに、殿下がさらに言ってきました。

「それで、貴国の目的と、その要求はなんです?」

「………………」

 わたしは、焦りを露わにする殿下の顔をじっと見ます。

 派兵した直接的な目的は、あの村を粛正するためです。

 もちろん我ら魔族の目的は、カルヴァン王国──つまりティアリース殿下の弱体化にあり、わたし個人としては、彼女が壊れる、、、様を間近で見たい……というものですが……

 まぁ……いい。

 わたしの見込み違いだったということなら、これ以上、ここでやりとりをしていても無駄というもの。

 だからわたしは、包み隠すことなく言いました。

「無論、戦いそのものを目的に、我らはここにいるのですよ」

 そう告げて、わたしは肩をすくめて見せました。

「殿下もお気づきでしょう? 村を粛正し、戦禍を広げること。それ自体が我々の目的だ。つまり要求とは、村を明け渡すこと。あるいはここで民兵が惨殺され、あなたにトラウマを植え付けるのでもいい。だから和議など出来るはずもないのですよ」

 最後通牒のつもりで言ったのですが、しかし殿下は引き下がりません。

「それはあなた方、、、、の目的でしょう?」

 殿下のその言葉に、わたしは眉をひそめます。

「四大公の目的と要求は何か、とわたしは問うているのです。少なくとも、今のあなたは四大公の委任を得て軍を率いているのですから、彼らの意図を答えてください」

 もちろん──予想はしていました。

 四大公の後ろ盾をしている何かしらの存在に、殿下も気づいているということは。

 しかしまさか、この曲面で。

 ただの会話に過ぎないというのに──

 ──こうして裏を掻かれるとは!

「くく……くくく……」

 わたしは喜びのあまり、思わず笑みを浮かべてしまいます。

 なるほど、ね……

 ここでわたしが前言撤回すれば、後ろ盾の存在を証明してしまう。しかしあの目的と要求は、四大公の性格と立場を知っていれば、出てこないものであることは自明。

 つまりわたしが口を滑らせてしまった時点で、裏の存在を証明してしまった、ということですか……!

「そうですか……くく……そうだったのですね……」

 殿下が怪訝な顔をしましたが、もはやどうでもいい。

 だからわたしは、笑みを隠すこともせず殿下を見つめました。

「いやはや……お見逸れしましたよ……」

「何を言っているのです?」

「まさか馬鹿を装って、このわたしから情報を引き出すとは……」

「………………」

「いいでしょう! その知略に敬意を表し、お教えしましょう!」

 そしてわたしは立ち上がります!

「四大公など、もはやどうでもいいのですよ! この戦争は、我々とあなたの戦争なのですからね! だから要求は覆りません! あの村を明け渡すか、民兵を惨殺するか──この二択以外に結末は存在しない! さぁ、どうしますかティアリース殿下!」

 わたしがそう宣言をした直後──

 ──自軍から、盛大な爆発が起こりました。

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