[3−29]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第29話 ついに……ついに見つけたのですよ!
ユイナスは、リリィのいる天幕へと来ていた。ティスリの状況を報告するために。
ティスリは夕方まで農業体験をしていたが、今日一日──たった一日で、ミアの麦畑は刈り取り完了してしまった。あの女の魔法によって。
さらにその後に続く脱穀などの各作業も、ティスリは魔法を使ってどんどん進めてしまった。その結果、大人数で向こう一ヵ月はかかると思われていた農作業は、数日もあれば終わってしまいそうな勢いだ。
もはや、ティスリ一人いればうちの村全体の収穫が出来てしまうのでは……? と思うほどだった。でも逆を言えば、あの女が村からいなくなったら、これまで通り人の手で収穫しなくちゃならないんだけど──
──と思っていたら、ティスリは、さらにとんでもないことを言い出す。
なんと、今回作った魔法を封じ込めた魔具を後で作るという。魔具にすれば、村人でも呪文一つで農業魔法が使えるんだとか。
もはや最後のほうは、ウルグおじいちゃんが本気でティスリを拝んでいた。
その魔具を作るために、素材の買い出しに明日にでも街に向かうと言っていたが……いずれにしてもそんな魔具を使えるのなら、わたしたちが突っ立っているだけでも作業が自動で行われるわけで……
むしろ、村人全員が失業しちゃうんじゃない? って勢いなんですケド……
実際には、人の手で作業をしなくても収穫できるのならお金にはなるから、失業というわけじゃないんだけど……だとしたら、この村全体がニート化するかもね?
まぁ……農作業なんて重労働、わたしはやりたくないから好都合ではあるけれど。
というわけで、そんな出来事をわたしはリリィに説明していた。
ちなみにこの後、お兄ちゃんたちは飲み会をするというので、当然、わたしも参加するつもりだ。だから早くこの報告を終えたいのだけれど……
だというのに、天幕の中、テーブルを挟んで座っているリリィは瞳を爛々と輝かせて、ティスリの称賛を捲し立てていた。
「さすが……さすがですわお姉様! まさか農業改革までも視野に入れていたなんて! しかもそれを、バカンス中だというのに実行してしまうとは! これで我が国の食料事情は安定しますし、近隣諸国に輸出すら出来るかもしれません! 本当に、いつ何時も国のためを想うお姉様! ステキすぎですわ!!」
そんな感じで興奮しているリリィに、これ以上、長広舌を振るわれてはたまらないわたしは疑問を差し込む。
「ねぇ、ティスリって今はバカンス中なの? ということはいずれ王城に帰るわけ?」
わたしが尋ねると、輝いていたリリィの瞳が急に色あせた。そして気まずそうに言ってくる。
「ま、まぁ……バカンスみたいなものですわ。いつ帰るかは聞いてませんが……」
「なら、ティスリとあなたを引き合わせることが出来たなら言ってくれない? さっさと王都に帰れって」
「わたしが上申して聞き入れてくれるのならこんなに苦労はしていませんし、仮に聞き入れてくれたのなら、あなたのお兄様だって王都に帰ることになりますわよ、たぶん」
「ぐ……それはまずいわね」
現状で、お兄ちゃんはティスリの護衛役なのだから、確かにその可能性が高い。リリィのおかげでわたしには大金が転がり込んできたけれど、でもまだ成人もしていないのに王都に住むだなんて、お母さんが許してくれるはずもないし……
やっぱり、お兄ちゃんとティスリの仲を裂くことのほうが先決か。
しかしそうなると……ティスリのあの魔法は脅威だ。
今はまだしおらしくしているけれど、ティスリの気がちょっと変わっただけで、この村は焼け野原になる可能性だってなくはないのだ。
そんなの、わたしたちの生殺与奪はティスリに握られているも同然じゃない……! なのになんでお兄ちゃんはのほほんとしていられるの!?
だからわたしはリリィに聞いた。
「ところで、ティスリのあの魔法ってなんなの?」
するとリリィは首を傾げる。
「なんなの、とは?」
「ちょっと強力すぎなんじゃない? 王都には、ティスリと同じくらいの魔法士が他にもいるの?」
「まさか! お姉様と同列の魔法士なんているはずがありません! 我が国どころか、世界中捜したって、例え魔族であっても、お姉様より強い存在なんていやしませんわ!」
「魔族であってもって……ほんと?」
「ええ、もちろん本当です。例えば、遠方の他国が魔族と紛争しかけていた時期があったのですが、下手をすると世界大戦になりかねなかったので、だからお姉様が介入に入ったのです。すると瞬く間にその紛争は収まって! しかもお姉様は、まだほんの子供だったというのに! ああ……幼少の頃から国際的にも活躍されているお姉様、本当にステキ……」
もはやおとぎ話のような出来事に、わたしは閉口するしかなくなる。
そもそも、こんな田舎の農村に住んでいたら、魔族はもとより魔物すら見たことがないのだ。
だから、人間より遙かに多くの魔力を宿した知的生命体が魔族で、魔物のほうは、魔力を持っている動物、くらいしかわたしは知らないのだけれど。
でもおとぎ話では「悪さをすると魔王が攻め込んでくるぞ」なんてシナリオがけっこうあったから、魔族は恐怖の象徴みたいな感じになっている。
そんな魔族すらも退けるとか……ティスリはいったいどんだけなのよ……?
だからわたしは唸りながらつぶやく。
「もはや……うちの村に、いえわたしんちに魔王が滞在しているのも同然じゃない……」
「失礼な。魔王ではなく女神様ですよ、お姉様は」
「到底抗えない存在という意味では、どっちだって一緒よ……ちなみにだけど、ティスリを怒らせたらどうなるの?」
「それはもちろん、怒らせた本人は塵芥残らずこの世から消え去るでしょうし、その余波で、例えばこの村なら灰燼に帰すかもしれませんね」
「………………」
そんな話を聞き、わたしは思わず身震いする。
リリィの話はお兄ちゃんと一致しているし、ということは……少なくとも、ティスリを怒らせるようなことは絶対にしてはいけないことだけは分かった……
くっ……これからいったいどうしよう?
そんなバケモノ相手にどうしろっていうのよ……!?
わたしが思い悩んでいると、なぜかバケモノに心酔しているリリィが聞いてきた。
「それで、農業体験やその改革以外に、お姉様は何かされてましたか?」
「そうね……あとは特にしてなかったけど……ああ、そうだ」
今日一日の出来事を最初から振り返り、そしてわたしは思い出す。
「そういえば、年貢のことに怒ってたわね」
「年貢?」
「うん。この辺りの年貢は、収穫の三割を収めるってことになってたんだけど、本当は一割五分だったんだって。ということは、貴族達は年貢を多めに取って、自分の懐に入れてたんでしょうね」
「ああ……なるほど。よくある不正ではありますが……」
「よくあることなの? でも税率ってティスリが作ったルールなんでしょ?」
「そうですわね。税率を下げると言い出したときは皆が驚いていましたが、結果的に国庫は潤っているのですから、とてつもない慧眼としかいいようがありません」
「でもそれを守らない貴族達がいて、だから怒ったんじゃない? 自分の作ったルールが守られていないんだから。まぁ、ティスリを怒らせてまでお金が欲しいなんて、今ならどうかしてると思うけど」
「ふむ……なるほど……」
リリィはいっとき考えてから、再び聞いてきた。
「それに対してお姉様は、何か言ってましたか?」
「中央貴族の知り合いがいるから告げ口しとく、みたいなこと言ってたけど、ティスリって王女なんだから、だったら自分でどうにかしろって話よね」
「ふふ……ユイナスは、まだお姉様のことを理解しておりませんね」
ティスリのことなんて1ミリたりとも理解したくないんだけどと思いながらリリィを見ると、リリィは勝ち誇った顔をしながら言ってきた。
「もちろんお姉様は告げ口なんてしませんわ」
「え? 税率のことは放っておくってコト?」
「そうではありません。御自ら動くという意味です」
「そうなの?」
「そうなのですよ……」
そうしてリリィはにんまりと笑う。
「ふふ……ふふふ……ふふふふふ……」
「ちょ、ちょっとリリィ? どうしたの……? その含み笑いは、気持ち悪いからやめなさいよ」
しかしわたしの忠告を無視して、リリィは勢いよく席を立った。
「ついに……ついに見つけたのですよ! お姉様と接触するための糸口を!」
リリィはそう宣言したが、わたしにはサッパリだったので首を傾げるしかなかった。