[3−28]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第28話 ティスリさんは、本当に本物の女神様だよ!!
アルデたちは麦畑に戻ってくると、その畑の前で整列した。
一列に並んだオレたちの一歩前に出たティスリは、無詠唱でいきなり魔法を発現する。
「刈り取り」
すると平べったい竜巻のような空気の渦がいくつも現れる。荷馬車の車輪程度で、その色はグリーン。
そんな空気の渦が、麦畑の区画一辺に整列したかと思うと前進を始め、シャカシャカシャカ──! と音を立てながら麦の刈り取りを始めた。
その様子を見て、ウルグが身を乗り出す。
「な、なんと……!?」
もちろん、ウルグ以外の面子もみんな一様に驚いていた。
そりゃ驚くのも無理はない。午前中、あれほど大変な思いをしていた麦の刈り取り作業が、みるみるうちに進んでいくのだから。
車輪のような空気の渦は、オレたちの鎌に相当するわけか。それを魔法で生み出して、麦畑の一辺に並べ、直進させれば麦くらいならドンドン刈っていけるだろう。たぶん、風系統の攻勢魔法に同じようなものがあるのだろうから、それを応用したに違いない。
さらにティスリの魔法は、ただ麦を刈るだけではない。
切り取られた麦わらは穂先が切られ、穂先だけが風に流されていく。もちろんただの風ではなく、グリーンに染まった魔法の風だ。そうして荷馬車の中に穂先が吸い込まれていく。
穂先以外の麦わらは束ねておいて、それをのちほど酪農家にあげて、酪農家からは肥料をもらう──という段取りなのだが、ティスリはそこも抜かりない。これまた風の魔法により、麦わらは瞬く間に巻き取られて、あっという間に大きなロール状になった。
トントン拍子に進んでいくそれら作業をオレたちがやったら、何日もかかる大仕事だ。それをティスリは、たった一人で、数分のうちにこなしていく。
魔法の風が麦畑を舐めていくだけで、麦があっという間に刈り取られていく様は……なんというか、妙な爽快感があるなぁ。
というわけで唖然とするオレたちに、ティスリが説明を始める。
「あれは風の魔法を改良したもので、麦だけを切るように調整しています。なので万が一、麦畑の中に人がいても傷つけることはありません。さらなる安全対策として、魔法の風が人間に1メートル近づいたら霧散するようにしていますし、視認しやすいよう色をグリーンにもしています」
そんな説明をしてから、ティスリは荷馬車のほうに歩いて行く。
しかしティスリの説明はオレ以外、誰の耳にも入っていないようで、誰しも大口を開けて目を見張っていた。
とくにウルグなんて、50年近く農業に従事していたわけだから、農業の大変さは骨身に沁みているはずだ。だというのに、目の前の麦畑が瞬く間に刈り取られるのだから、その光景はいっそ暴力的にすら見えるかもしれない。
そんな度肝を抜かれているウルグに、ティスリは、荷馬車に詰められている穂先の束を持ってきた。
「ウルグさん、これが刈り取った穂先ですが、いかがでしょう?」
「え、あ……ああ……」
驚愕を隠せないウルグは、唖然としながらも穂先を受け取る。
そうして穂先をしげしげと観察してから言った。つぶやくように。
「か、完璧じゃ……切り口もいいし、実にも傷一つ付いておらん……」
そんな手放しの称賛に、しかしティスリは冷静に確認を続ける。
「この工程で、何か不都合が出ていませんか?」
「いや、これほど早く刈り取れているのに不都合なんて……まぁ強いていえば、今の時点で穂先を切り落としてしまうと、脱穀がやりづらくなるかもじゃが……」
「なるほど。わたしの想定だと、脱穀も魔法で出来ると思いますので、穂先を切ってしまいましたが、実作業を確認してからのほうがよかったですね、すみません」
「いやいや……謝ることなんてねぇよ……何しろ……」
そしてウルグは、刈り取りの終わった麦畑の区画に視線を移し、半ば呆然と言った。
「これほどの作業をあっという間にやってくれたんじゃ……むしろどんだけお礼を言えばいいのか分からねぇよ」
そんなウルグに、ティスリはにっこりと笑いかける──絶対に、オレには向けないであろう笑顔を。いやまぁ、いいけどさぁ……
「お礼なんて必要ありませんよ。わたしのほうが、農業体験のお礼をすべきですし、今後も、魔法で代用できることがあれば試してみますね」
「それはすげぇ助かるよ。それにしても魔法士が一人いるだけで、ここまでラクになるとはなぁ」
ウルグがちょっと勘違いをし始めていたので、オレはウルグに言った。
「いやじいさん、普通、魔法士がいたってここまでラクには出来ないからな? そもそも、農作業用の魔法を開発できる魔法士がいるかも怪しいし」
オレがそう付け足すと、ウルグは感心した声を出した。
「そうなのか? であればお嬢ちゃん様々ということじゃな」
「まぁ、そういうことになるかな」
「本当にありがとうな、お嬢ちゃん」
「いえそんな、大したことはしてませんから」
ウルグとティスリがそんな会話をしていると、ミアが近づいてきてお礼を言った。
「本当にありがとう、ティスリさん。まさか、今日のうちにこの区画の刈り取りができるとは思わなかったです」
「え? ああ……」
ティスリは、お礼を言ってくるミアに一瞬ぽかんとしたが、何かに気づいたのか言葉を続けた。
「今の魔法に問題がなければ、他の区画も刈り取ってしまおうと思ってましたが、どうでしょう?」
「えっ! 他の区画も!?」
そう言われ、さっきから驚きっぱなしだというのに、ミアはさらに驚く。
「そ、そんな悪いよ! 魔法ってすごく疲れるんでしょう? なのに刈り取りをティスリさん一人に任せるわけには──」
「いえ、わたしはどれほど魔法を使おうとも、疲れたりしませんから大丈夫ですよ。あ、ちなみに無理をしているわけでも誇張でもありませんから」
ティスリがそう言っても信じられなかったのか(まぁ無理もないが)、ミアがオレの顔を見てくる。
だからオレは苦笑交じりでミアに言った。
「まぁ普通の魔法士なら、今の魔法でぶっ倒れているかもしれないが、ティスリなら大丈夫だよ。なにしろコイツの魔力は無尽蔵だって話だからな」
安々と王城半壊させたり、都市全体の探知魔法を使ったりしても、ティスリは汗一つかいていなかったからなぁ。
そんなオレの説明に、それでもミアは気が引けている感じだった。
「だとしても……そんなに甘えるわけには……」
するとティスリはさらに言った。
「ではこう考えてください。わたしは、魔法で農業の効率化を図りたいので、今はその実験をしていると。いずれ、わたしが開発した農具は大きな富をもたらしてくれるでしょうから、今日の魔法発現は、わたしにとっても益になるのですよ」
そこまで言われたら、ミアも折れるしかなくなったのだろう。「それじゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします」と頭を下げる。
「なぁティスリ」
オレは二人のやりとりを聞いて、ふと気になってティスリに聞いた。
「農具開発って本当か?」
「ええ、本当です。以前から考えてはいたのですが、忙しくて後手後手になっていたのです。わたしは農業の現場を知りませんでしたし。だから本当に、今はいい機会なのですよ」
「そうだったのか。もしかしてこれから、あらゆる農民が今みたいな魔法を使えるのか?」
オレがそう聞くと、ようやく我に返ったらしいナーヴィン達もティスリに注目する──と、その中で、ユイナスだけが不機嫌そうな顔をしていたが。
しかしユイナスの様子には気づかなかったティスリが、オレに向かって説明を続ける。
「さすがに、いま発現して見せた魔法とまではいかないですね。わたしなら、今の魔法を封じ込めた魔具を作れますが、わたし一人しか作れないのでは量産が出来ませんし」
「そりゃそうか」
「でも魔法と機械を組み合わせることで、わたしの魔法ほど効率化は出来なくても、手作業よりはよほど効率が上がるはずです。例えば──」
ティスリが言うには、荷馬車や魔動車みたいな車を作り、そこの前面に鎌を仕掛けておき、それを麦畑に走らせるだけで自動的に麦が刈れるという。さらにその車の中で脱穀までやれそうだとか。
農業は専門外のオレにとっては、話だけ聞いてもさっぱりイメージが沸かなかったので、呆けていたナーヴィンに聞いた。
「なぁ、ナーヴィン。どんな農具なのか分かったか?」
「いや、オレに言われてもさっぱりだが……でも、いずれにしても……」
オレの問いかけとはぜんぜん違う答えをナーヴィンが口にする。
「ティスリさんは、本当に本物の女神様だよ!!」
「……はぁ?」
意味が分からずオレは眉をひそめるが、ナーヴィンは鼻息荒く言った。
「おいお前ら! 目の前に女神様がいるんだ! 頭が高いぞ頭が!」
さらに意味不明なことを喚くナーヴィンだったが、なぜか、村の若者たちはナーヴィンの言葉に従って、拝んだり片膝を付いたりし始める。
それに気後れしたティスリは顔を赤くした。
「ちょっ……! み、皆さんやめてください。わたしはただの人ですよ……!?」
王宮で、頭を下げられ慣れているはずのティスリだったが……神様扱いはさすがに居心地が悪いらしい。
「おーいお前ら、ティスリが本気で嫌がっているからやめてやれ──って?」
なのでオレは、ティスリを拝むみんなに声を掛けていると、袖口を引っ張られた。
「ちょっと、ちょっとお兄ちゃん! ちょっとこっちに来て!」
袖口を引っ張ってきたのはユイナスだった。オレは「なんだよ?」と首を傾げるが、ユイナスがぐいぐい引っ張ってくるので、やむを得ず道の端まで付いていく。
ティスリたちとは十分な距離が取れたところでユイナスが言ってきた。
「あの女、本当に何者なの!?」
「何者って、政商の娘だって説明しただろ」
オレがそういうと、ユイナスは納得しそうにない。
「職業のこと言ってるんじゃないのよ! なんであそこまで魔法が使えるのかって話をしているの!」
「それはオレが聞きたいくらいなんだが……」
ユイナスの問いに対する答えには「王族だから」というのも適切ではないだろう。確かに王侯貴族は、高い能力を持って生まれてくることが多いらしいが、であったとしてもティスリは別格だ。
「もはや、神のみぞ知るとしかいいようがないな」
オレがそう答えると、ユイナスは目を見開いて……そしてなぜか怯えているような?
「か、神のみぞ知るって……あんな桁外れの魔法、わたし見たことないわよ!? 普通、手のひらから火の玉を出すだけでもすごいんでしょ!?」
いや、さすがに国軍の魔法士はもうちょっとすごい魔法を使うが、いずれにしてもティスリが凄すぎるのに違いはないので、オレは頷いて見せた。
「まぁ……そうだなぁ」
「なのに、稲の刈り取りとか、刈り取った稲を荷馬車まで運ぶとか、あんな器用なことまで出来るの普通!?」
「いやだから、普通の魔法士じゃ出来ないってば」
「あんなことまで出来るんだったら、アレが炎系の魔法だったら、この辺一帯焼け野原にも出来るってことじゃない!」
「物騒なこと考えるなぁ……お前は」
まぁ事実、ティスリなら欠伸をしながらこの辺一帯を焼け野原に出来ると思うが、アイツの性格上、そんなことは絶対にしないと断言できる……のだが。
オレは、にわかに身震いしているユイナスを見て、ふと気づいた。
「お前、もしかしてティスリのこと怖いと思ったの?」
「こここ、怖くなんてないわよ!?」
この慌てよう、間違いなくティスリを怖いと思ったな。
ということは……
何かにつけて反抗的な態度のユイナスを改めるいい機会かもしんない。
「何度も言ったろ、ティスリは魔法士でもあるって。だからあんまりティスリを怒らせる真似するんじゃないぞ?」
「ぐっ……」
オレがそう言い含めると、ユイナスは顔をしかめる。
おお……
村から出たことがないゆえに、向こう見ずで怖い物知らずだった我が妹だったが、自分より遙かに格上の存在がいることを知るのはいいことだ──たぶん。
これで少しは、ティスリと歩み寄ってくれればめっけもんだし、まぁダメだとしても、ティスリを怒らせるようなことはしなくなるだろう。
だからオレは念押しで言ってやる。
「アイツの凄さが分かったなら、ティスリがこの村に滞在している間は大人しくしていること。いいな?」
「ぐっ……でも……わたしとお兄ちゃんの将来設計が……!」
「はぁ? なんでそこで将来とかの話になるんだよ?」
「ななな、なんでもないよ!? とにかくあの女の実力は分かったから!」
「だから、あの女呼ばわりするのもやめろってば。ちゃんとティスリさん、あるいはティスリお姉ちゃんと言えよ」
「なんでお姉ちゃんなのよ!? あの女呼ばわりはしないから、この話はもうおしまい!」
オレを勝手に連れてきたくせに、ユイナスは勝手に戻ってしまう。
「はぁ……やれやれ。これで少しは大人しくなってくれるといいんだが……」
だからオレはため息をついてぼやくのだった。