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[2−20]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第20話 アルデさんより強い人って、もはや人でないのでは……?
ベラトは模造刀を構えたが──その瞬間、目を見開いたまま硬直してしまう。
(な……なんだこれは……!?)
アルデさんは、なんの気負いもなく剣を正眼に構えているだけだというのに……まるで踏み込める気がしない!
一見すると隙だらけにも見えるのに、いちどそこに踏み込んだなら、二度と帰って来られない恐怖を感じて、ぼくは身動き一つ取れなくなっていた。
ぼくだって……フォッテス姉さんの評価は間違っていないと思っている。姉さんは子供の頃から父さんとぼくの訓練を見続けていたし、警備隊の模擬戦や試合にもよく顔を出していた。だからか本人は戦えなくても、相手の技量がどの程度なのか分かるようになっていた。
もちろんそれはぼくだって同じで、実戦を経験しているのだから、むしろぼくのほうが目は肥えている……そう思っていたのだが。
であったとしても……ここまでとは……!
ぼくの全身からは、冷や汗が吹き出していた。アルデさんからはなんの殺気も放たれていないというのに、まるで猛獣でも相手にしているかのような恐怖を感じる!
そんなアルデさんが、気楽な調子で言ってきた。
「おーい、どした? 来ないならこっちからいくぞ?」
「くっ!」
アルデさんの声が合図になり、ぼくは恐怖を押し殺してデタラメに踏み込む。
そんなぼくの剣を、アルデさんは軽く撥ねのけると切り込んできた!
ぼくは剣の腹でなんとか受け止める……が!
な、なんて力だ!?
ぼくは押し負けて転びそうになる。すんでのところで堪えることが出来たのは偶然に過ぎない。
「ベラト、なんかずいぶんと硬いなぁ。緊張してるのか?」
「ア、アルデさんが相手だからですよ!?」
到底抗えない脅威を目の前にして、緊張しないほうがどうかしている!
「おいおい、これはただの模擬戦なんだから気楽にやろうぜ?」
「そんなこと言っても!?」
もはやぼくは、アルデさんの剣筋すら見失いかけてるんですよ!?
声にならない悲鳴は息切れのせいだ。あっという間に息が上がってしまい、その結果、ぼくは足をもつれさせて転んでしまった。
「それまで!」
姉さんが片手を上げて模擬戦の終了を告げる。
「す、すごいすごい!」
そして姉さんが目を見開いてアルデさんに駆け寄った。
「お強いとは思ってましたが、まさかこれほどとは!」
「そうか?」
「そうですよ! まさかベラトが、まるで相手にならないなんて思ってもみませんでした! ちょっとはいい勝負ができるかと思ってたのに!」
ぐ……言われ放題だけど、これでもかってほど完敗したのは事実だから何も言い返せない。
それにここまでの実力差があると、もはや、悔しさよりも諦めのほうが強かった。
だからぼくは立ち上がってから頭を下げる。
「アルデさん、すみません。模擬戦にもならずに……」
しかしアルデさんは、気を悪くした様子もなく言ってくる。
「いいって。模擬戦するといつもこんな感じだからさ」
「そうですか……あ、ちなみになんですけど、衛士をやっていたときもこんな感じだったんですか?」
「ああ、そうなんだよ。今にしてみれば、これが先輩どもにひがまれた原因だったんだろうな」
「た、確かに……そうかもしれませんね」
強すぎるせいで目の敵にされるとはアルデさんも浮かばれないな……そんなことを考えながら、ぼくはさらに聞いた。
「王宮には、アルデさんより強い方はいらっしゃったのですか?」
「衛士や騎士にはいなかったけど……まぁ、一人だけいたな」
アルデさんのその台詞に、ぼくは目を見開く。
この国の頂点が誰なのかを確かめたくて、それは間違いなくアルデさんだろうけど念のための確認──のつもりだったんだけど。
アルデさんより強い人って、もはや人ではないのでは……?
ぼくは気後れしながらも聞いた。
「そ、その方は……どなたですか……?」
「ああ、ティスリだよ」
「……え?」
意外な名前を告げられて、ぼくは姉さんと目を合わせる。
それから姉さんが確認した。
「ティスリさんって、昨日一緒にいた?」
「ああ、そうだよ。あのティスリ」
「え? でも彼女って政商の娘さんでは……」
「え? あ、ああ!? そ、そうなんだけど、アイツ、武芸達者でもあるんだよ!」
「そ、そうなんですか……この国一番の政商の娘さんで、さらにアルデさんより武芸達者だなんて……わたしたちがおいそれと口を利いてよかったんでしょうか……?」
「ああ、構わないさ」
「で、でも……わたし、昨日とっても失礼なことを言ってたような……」
「気にすんなって。ってかアイツ、ぼっちだから、むしろ積極的に関わってくれよ」
「そこまで凄い人なのに……?」
姉さんは首を傾げているけど、それほどの天恵を授けられた人であれば、ぼくたちみたいな一般人では話が合わないのかもしれないな。アルデさんくらいに実力がないと。
そんなアルデさんは「ちなみにだけど」と言ってくる。
「剣の腕はオレが上だからな? だけどアイツ、魔法が使えるだろ? そうなるとオレも太刀打ちできなくてさぁ……」
悔しそうにするアルデさんがなんだか微笑ましく見えたけど、アルデさんほどの剣士なのに、魔法にまったく対抗できないとは思えないんだけどな。
だからぼくはアルデさんに聞いてみた。
「ティスリさんが呪文を唱えている間に、攻撃すればいいんじゃないですか?」
「いやそれが、アイツ、ほとんどの魔法を無詠唱で使えるっぽいんだよな」
「……は? 無詠唱!?」
「ああ。なのにメチャクチャ強力なんだよ。魔法の剣で、大きな建物だって真っ二つに出来るほどだ」
「ほ、ほんとうですか……?」
「まぢだって」
魔法士攻略のセオリーは、長大な呪文を唱えている間に攻撃することだ。だから通常、魔法士は部隊の後方で魔法発現するから、剣士と魔法士が戦うことは滅多にない。
というより、魔法士がいる陣地まで攻め入られたとしたら、その部隊やパーティは敗北したということだ。
だというのに、ティスリさんは強力な攻勢魔法もほぼ無詠唱で発現して、最前線でアルデさんと一騎打ちをこなし、しかも競り勝ったという。
そんな話を聞いていくうちに、ぼくは気が遠のいてきた。
「上には上がいるって……本当なんですね……」
「まぁなぁ。けどたぶん、ティスリが最上段の人間だと思うぞ?」
「だとしても……とても追いつける気がしません……」
「まぁアレを目標にするのはさすがにしんどいだろうけど、別にあそこまで強くならなくたって、衛士としては十分やっていけるさ」
ぼくが暗澹たる気分でいると、アルデさんがそんな励ましをしてくれる。さらに姉さんも言ってきた。
「そうだよ! まずは目先の武術大会で優勝を目指すんでしょ! ベラトならその可能性はあるんだから!」
「そうだった……二人とも、ありがとうございます」
ぼくは気を取り直すと、アルデさんが言ってきた。
「よし、そうしたら稽古を付けてやるよ。短期間で筋力をさらに付けることは難しいけど、スピードを付けることはできるからな」
「そうなんですか?」
「ああ。ベラトの場合、今でも筋肉は十分にある。それをまだ上手く活かせていないから、動きの無駄を取り除くことと、あとは速さに目を慣らすことだな。そうすれば、今の倍は早く動けるようになるさ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だ。そしたら、まずはオレの剣を受け続けて速さに慣れていこうか」
「はい! よろしくお願いします!」
「ベラト、がんばって!」
姉さんが応援してくれる中、ぼくとアルデさんの稽古が始まった。