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対話は、“人間として” つながること


対話仲間からこの言葉を受けとらせてもらった。


この言葉に触れたときに、

とてもしっくりきたこと、居心地が良かったこと、「そう!それをずっと表したかったんだよ」と思ったこと・・・自分の中に大きく響き渡った。


コーチングでもなく、カウンセリングでもなく、話する人聞く人でもなく、運営者どうこうでもなく、

人間と人間との根源的な部分で混じり合いましょう、というカテゴリや枠組み、役割を超えた、この部分にとてつもなく震えた。

一切の主従関係や責任、重たさを感じなかった。

イコールであり、同等であり、お互いの人生、いのちがかけがえのないものであること。信頼しあっていること。皆んなで生きているということ。学び合いながら、きづきあいながら、お互いあるものを眺める。ただ知識をシェアするでもなく、アドバイスするでもなく、人生を通して内側で探求してきたことや感じたこと、あなただけの、たったひとつ智慧を分かち合う。そこから響いたことや湧いてきたこと、問いをまた分かち合う・・・なんて豊かなんだろう。

「人間をしているなあ」「生きているなあ」そんなフレーズが頭に浮かんだ。


また、NVCやコミュニケーション方法やヒューマンテクノロジーなど、もちろんめちゃくちゃ役に立つし、”人間として”のこの部分の質は、対話と近しいものを感じるけれど、

もはやそういう枠組みやカテゴリ、概念を超えて、別にそれを知らなくとも、誰しもが持っている『人間である』というこの感覚なんだよなあ〜とも感じた。とても希望を感じた。サポートアイテムや学びを強化しないと、探求し続けないと!という力が入った肩の荷が下りた感じがしたし、

3年前に九州に旅に出たときに、自己対話を通じて、自分を生きるということをし始め、それと同時に、何にも知らなかったけれど、自分が必要な人や縁、サポートアイテムに出会わせてくれている感覚があったのを思い出した。したことは、ただ自分という人間を生きるということ、このいのちを信じるということ。まさに自分とつながり、世界とつながり、人や自然たちと、おなじ人間として、生命として、つながっていたのだ。

色んな概念やスキル、知識はあるけれど、それらはサポートアイテムに過ぎない。あくまで自分を生きることで豊かになり強化される人間パワー、生命エネルギーこそが、メインエンジンであるのだ。


いやあ、とてもいい学び直しと繋がり直しだった。


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松本直也|きのこ
ありがたく受けとらせていただきます〜!