【シャロウ・グレイブ】ルームメイトに御用心
94年 イギリス ダニー・ボイル監督
デビュー作には神が宿る、とは言い過ぎだろうか。かの『市民ケーン』は異端児オーソン・ウェルズの執念が細部にまで宿っていた。新聞王ケーンが口にした「バラの蕾」。その一言をめぐる、壮大な物語だった。
転がるスノードームが有名だ。ガラスの中の粉雪から、過去に遡る。なぜケーンは成功し、転落したのか。暖炉に燃える幼少期の橇こそ「バラの蕾」の正体だったのだ。
さて、遠く離れたスコットランドでも、ある人物が死ぬ。男は「バラの蕾」の代わりに大量の現金が入ったバッグを残していた。
この男をルームメイトに迎え入れた三人。記者アレックス、女医ジュリエット、会計士デイヴィッド。いつの時代も男二人、女一人の組み合わせは様々なドラマを生む。当然、転がり込んだ現金に目が眩み、思わぬ方向へ傾くのだった。
と、ここまで書いて思ったことがある。『シャロウ・グレイブ』は『市民ケーン』と似ている。ある人物が残した大事なもの、という点は同じだ。つまり、残された人物たちが織りなす皮肉なドラマなのだ。
ベースボールよりフットボールの国だ、とオープニングを見て誰もが思うはずである。まるで高速ドリブラーさながらの映像体験ができる。タイトルが出た瞬間、もう後戻りは不可能だ。
全く暗い話ではない。ダニー・ボイルは若者を殊更に悪く描かず、どこにでもいる人物として描いている。目先の欲望に狂った者が、どんな運命をたどるか。ルームシェアの小さな部屋から、海を越えて、ここ日本にも押し寄せたのである。次作『トレインスポッティング』も、この作品があってこそ生まれたのだ。『シャロウ・グレイブ(浅い墓)』のタイトルは、きっと画面に映るよりも深い。人生の落とし穴以上に、一度崩れた友情が取り戻せないこともしっかり含まれている。
現在、シェアハウスに住んでいる人は必見の傑作である。やはり新しいルームメイトには要注意だ。