ある男の出所 オリジナル脚本「さよなら、フリッツ・ラングより」
〇路上(夜)
コンクリートに倒れた二人の男。
二人を見下ろす天野徹也(39)、汗を拭う。
徹也の上に監視カメラが一台設置。
駆けつける一台のパトカー。
徹也、パトカーに両手を挙げる。
〇刑務所前
高い塀の横を歩く徹也。
行き交う車、バイク。無言ですれ違う人々。
徹也、車のクラクションに驚く。
速度を上げて走り去る車。
徹也M「兄貴、久しぶり。この手紙、とある映画館に届けたばかりなんだ。
きっと今頃は作業場で読んでいると思う」
映画館までの通りを歩く徹也。
背中を一台の車が追う。
〇第二キネマ館前
入口に向かう徹也。
「閉館のお知らせ」と書いた紙がある。
館内から出る中高年の客。徹也を見てくすくす笑う。
立ち去る徹也。
徹也M「正直言って、この街でやっていく自信はないよ。じいちゃんに叱ら
れることばかりやってきたから」
徹也、ポケットから硬貨を出す。
手のひらに乗る三枚の百円玉。
徹也、百円を握り締める。
〇道也のアパート・作業場
机で手紙を読む道也。
〇百貨店・屋上
格闘ゲームで遊ぶ徹也。画面に見入る子供たち。
徹也M「これで一文無しになった。でも俺が戻る場所って限られてる」
極彩色の技が乱れ飛ぶ画面。
徹也、最後のボスを倒す。歓声を上げる子供たち。
画面にハイスコアの記録が並ぶ。
徹也M「じいちゃんが好きな映画館で、土曜に会おう。俺は元気だよ」
徹也、子供たちの間を抜ける。
画面に残る「TETSUYA」の名前。
〇道也のアパート・作業場
手紙を読む道也。
香奈枝の声「道也さん」
香奈枝、ポスターを手に、
香奈枝「引き寄せた気がしませんか? 徹也さん、きっとこの映画知ってい
るんですよ」
道也「ポスターについては俺しか知らないはず」
道也、床から八ミリフィルムを取る。
道也「じいさんが興奮気味でしゃべってる。貴重な記録」
香奈枝「いつも思うんですけど」
道也「場所くらいわかるさ。自分で片付けてるから」
香奈枝「それがすごいです。普通、こんなにあったらどこに何があるかわか
りませんよ」
道也「他人のものなら床には置かないさ。何があるかわからなくなる」
香奈枝「映したのは道也さん」
道也「そう。目の前にいる人は皺くちゃで煙草臭い。今もそれが続いてる」
道也、映写機にフィルムを取り付ける。
回る映写機。
壁に映る正吉、映画ポスターを広げる。
道也の声「このフィルムは徹也がいない時に撮った」
ポスターを眺める正吉。
道也の声「優越感があったのは覚えてる。うるさい徹也がいない。それを楽
しんでた」
正吉、ポスターを指差す。
指先で〇を作る。グッド。
回り続ける映写機。
香奈枝、手元のポスターを見て、
香奈枝「……正吉さんが」
道也「正解。それ、映写室に贈ったんだ。わざわざドイツから直輸入で」
〇第二キネマ館・映写室
壁にポスターを貼り付ける正吉。サインペンで何かを書く。
後ろで映写機を覗く若い武三。
ポスターを眺める正吉。
「製作六〇周年リバイバル」と記載。
〇正吉の書斎(ビデオカメラの映像)
椅子で話す正吉。
机にジッポライターが一個。灰皿に吸殻が数本残る。
正吉「道也、今日からビデオレター始めるぞ」
(頷く道也)
正吉「ついさっき第二キネマ館へ行ってきた。ちょいと渡したいものがあっ
たんだ。まだ彼も若いが、いい腕をしておる。遠い国で監督も喜んでいる
んじゃないか」
正吉、サングラスを掛ける。
正吉「西洋にはすごい男がいるもんだ。調べると監督のフリッツ・ラング。
なんとわしと誕生日が一緒! いい映画だった。徹也も大きくなったら見
るとよい。わしが二十歳そこらの頃に作った映画なんだ」
〇刑務所・集会所
暗闇の中、スクリーンに映画『メトロポリス』が映る。
画面からの光を浴びる受刑者たち。
熱心に見る徹也。
道也M「それが徹也にとって運命に違いなかった。ずっと昔のドイツ映画。
出会ったのは事実だ」
映画が終わる。
席を立つ徹也、他の男たち。
〇正吉の書斎(ビデオカメラの映像)
椅子で話す正吉。
正吉「というわけで、明日からの放送も楽しみにしておくれ。現役の編集マ
ンから、数々の映画を紹介するぞ」
席を立つ正吉。
正吉「よし。晩飯だ」
〇道也のアパート・作業場(夕)
携帯電話を持つ香奈枝。
香奈枝「もしもし、陸斗?」
電話、無言。
香奈枝「遅くなるって言ったでしょ。あんまりプレッシャー掛けないで」
無言が続く電話口。
香奈枝、電話を切る。
フィルムを映写機に取りつける道也。
道也「陸斗は大丈夫?」
香奈枝「すぐ帰るからって言ったけど」
道也「わかる。俺が長引かせた」
香奈枝「……私、いつもあの子に言い訳ばかりするんです。遅くなるとか、
もう帰るとか」
道也「この仕事を選んでいるのは君だろう? 七歳なら待つこともできる
さ。俺たちもそうだった」
回る映写機。
壁に映る少年時代の道也。クレヨンでソルジャーVの絵を描く。
道也「あれが俺。絵が上手すぎて」
徹也は絵を封筒に入れる。
道也「ここまでは順調。あとは手渡すだけ」
笑顔の兄弟、手紙を差し出す。
皺だらけの手が伸び、手紙を受け取る。
道也「完璧」
道也、映写機を止める。
画面に残る正吉の腕、一通の手紙。
道也「しばらく開けるけど」
香奈枝「……ここにいます」
香奈枝、携帯の待ち受け画面に、
香奈枝「(小声で)ごめんね」
〇正吉の書斎(ビデオカメラの映像)
壁に掛かる暦「三月」。
椅子に着く正吉。カメラ目線で、
正吉「春休みも残りわずか。今日は子供たちと遊びに行く。ソルジャーVシ
ョーに行くのだ」
正吉、パンフレットを開く。
正吉「〈宇宙の悪者から平和を守るため〉……そりゃわしの仕事じゃないかな」
正吉、サングラスを掛ける。
正吉「うむ。いい男過ぎて申し訳ない。な、道也?」
(クスクス笑う道也の声)
正吉「会場までしっかり撮るんだぞ」
〇市街・公道(夜)
車を運転する道也。
徹也の声(子供)「じいちゃんもう出たって」
道也の声(子供)「嘘?」
正吉の声「お~い、道也! 徹也! 置いてくぞ。わしゃ渋滞が嫌いなんじゃ!」
道也、アクセルを踏み込む。
車は窓が光る大学病院へ。
〇百貨店・一階(ビデオカメラの映像)
階段前、走る構えをする正吉と徹也。T「一について」
T「よ~い」
T「ドン!」
正吉と徹也、一気に駆け上がる。
正吉M「男の子は元気よく! 足腰が命じゃ」
屋上前で息を切らす徹也。
エレベーターが開き、綺麗な女性が出る。
女性「下へ参ります」
見惚れる正吉。
正吉M「迂闊だったわい。階段なんか使わなきゃよかった。徹也に悪いこと
したなあ……」
へとへとの徹也、小さな手で汗を拭う。
〇大学病院・駐車場(夜)
道也の車が止まる。
〇同・〇〇号室(夜)
室内を覗く道也。
ベッドに眠る人物。
ピ、ピ、と波を打つ心電図モニター。
道也、ベッドに近寄る。
包帯で顔を覆った男が眠る。
道也「徹也のことで報告があるんだ。伝えたらすぐ帰る。病院だって、長居
はさせたくないからさ」
道也、椅子に着く。
道也「第二キネマに手紙が届いたんだ。塀の中で映画見て、上映した場所探
したって書いてあった。『メトロポリス』。君も知ってるよね? 有名な
サイレント映画なんだ」
眠る男。
道也「あいつがどんな面しているかわからない。会う日は決まってるけど」
男に語り続ける道也。
道也「あの夜を覚えてる。親父から電話があったんだ。信じなかったさ」
眠る男。
道也「徹也は正しかったと思うよ、たぶん」
席を立つ道也。
道也「またここに座るから。必ず」