【掌編】通学路 3
「ハピラインに乗るのかな。何か遥々ね」
咲奈が言った。気付くと、この人まで口調が変わっている。なぜだろう。北陸らしくない、妙な響き。茶の間での会話を伝えたせいで感化したのかもしれない。
学校までが遠かった。これは私の会話力のなさに起因している。咲奈のように言葉が簡単じゃないし、近くのひまわり通りも今朝だけは蛇のお腹に見えた。長く湿った舌で圧してくる。手のひらで額の汗を拭っても、ひたすら滴り落ちてきた。
「私さ……」
最初の一言が、重い。こっちまで変な言い方、プチ標準になっている。
「……私も、乗っていくの。金沢まで送る」
目一杯の答えに、咲奈は笑って、
「いいじゃん。私も行きたい」
「嫌。来ないで」
「……めいわく?」
「うん。すごく嫌」
こうして私が却下。通学路でしつこいほど繰り返した台詞のやり取りだ。
出発の朝を想像してみる。咲奈が乗るとしたら、私の隣しかない。きっと、いや確実に助手席の女性と上手く話すだろう。時折、ハンドルを握る兄の横顔を見て愉快に笑う人。その間に、私たち鯖江代表女子が茶々を入れる。
たとえ咲奈が相槌を打っても、私は放送部の特性を生かせないに決まっている。まして睦美さんに後ろから何かを聞こうなんて、秘境の橋を渡るに等しい。
「長い日曜になりそうだね」
大きく頷く他なかった。
週末、兄の車の後部座席で地蔵になる。その準備は、たぶんできている。昨夜、部屋の姿見で踵を上げてみた。兄の恋人の肩より、断然低い。
「私さ……」
喉が苦しかった。
「……私、睦美さんと初めて会うんだ。初めて、お話する」
咲奈が驚いたように目を向けている。私の頬が変色したからだ。廊下で、かっこいい男子と話した時と似ていた。急に家を飛び出した際、背中で聞こえた声の主も同じ丸い目だったと思う。私は右手、大きな赤い眼鏡のある駅を見たくなかった。
線路の彼方から、笑顔で遊びに来る年上の女性にこの頬を見せたくなかった。アクセルを踏む兄の後ろ、自分は自分の心臓を両手で抱えたままだろう。制服の下で胸が鳴り続けている。朝日に足音さえもかき消されて、歩く影だけが雄弁に伸びている。
(了)