僕は最高のハズバンド 第二話

〇黒画面 T「長岡沙紀の敗北」

〇劇場・舞台(夜)
   公演中の拓馬。黒いマントを翻し、棺桶に入る。
   暗闇にチカチカ光る雷のような照明。 
   棺桶から離れた位置に立つ沙紀。
   左手薬指のダイヤを外し、床に捨てる。
真一の声「……ドラキュラはご存じ十字架とニンニクが苦手です」
   沙紀、胸で十字を切り、手を合わせて祈る。
 
〇テレビ局・番組スタジオ(夜)
   『グッド・イヴニング』収録中。
   司会席で話す真一。
真一「映画の中は現実とは違います。しかし、私たちが見る夢とも言い切れ
 ないのです」
   真一、席を立ち、左へ歩く。
真一「実はこのスタジオにも十字架が隠されているんです。こちらの扉を見
 てください」
   真一、右手で扉を指す。
   扉に大きな十字架の絵がある。
真一「近日中に長岡拓馬さん、沙紀さん親子がお越しくださいます。その日
 に備えた次第であります。ひょっとして今、舞台から顔を出しているかも 
 しれません。たくさんのコウモリを連れて」
   パッと消える照明。真っ暗。
   懐中電灯で顔を照らす真一。
   不気味な笑み。
真一「ここまでのお相手は浅村真一、改めそろそろ吸血鬼に頭を下げる男が
 お送りしました。また来週」
   
〇劇場・舞台(夜)
   カーテンコール。割れるような拍手の中、深く一礼する拓馬。その他  
   の俳優たち。
   頭上から、幕が下りる。
   客席で手を叩く千亜紀。
   千亜紀に気付く舞台上の沙紀。
   千亜紀、手を振る。
 
〇番組スタジオ・廊下(夜)
   扉が開いて真一が顔を出す。つかつかと早歩きの真一、ぴたりと横に
   着く総合演出の佐藤(54)。
佐藤「まずいですよ」
真一「プロポーズを無駄にしたくないんだよ。ちゃんと迎えるのが筋だ。き
 っと舞台から駆けつけてくれるさ」
佐藤「浅村さん」
真一「この時間帯で俺くらいじゃないか。こんなに人生を投げているのは」
佐藤「待ってください。沙紀さんサイドにご確認できてません。舞台で忙し 
 いですし」
真一「俺は婚約者として二人を迎えるつもり。駄目な理由ってあるかい?」
   真一、楽屋の扉を開く。
真一「ここは別にしてね。お疲れ」    
   バタン! 扉を閉める真一。  
 
〇シェアハウス外観(夜)
   窓を照らす明かり。
千亜紀の声「ここ初めてだっけ?」
沙紀の声「何」         
 
〇シェアハウス・キッチン(夜)
   鍋の蓋を開ける千亜紀。
   ぐつぐつ沸き立つ肉じゃが。  
千亜紀「うち来るの初めてだよね」
   リビングのソファから体を起こす沙紀。
沙紀「……たぶん」
千亜紀「お皿、増えちゃうけど」
沙紀「ありがと」
   沙紀、テーブルへ。
   千亜紀、沙紀に肉じゃがを運ぶ。
沙紀「すごい。ママそっくり」
千亜紀「でしょ? 怪我しないように気を付けてるけど」
沙紀「気付いてたみたいね、昨日の皿洗い」   
千亜紀「カチャカチャ鳴ってるの聞こえたんだもん。やっぱ女優って大変だ
 なって。台本脇に置いて覚えるんでしょ。私、絶対無理」
沙紀「別にそういうアピールしたわけじゃないけどさ」
千亜紀「それ」
沙紀「今度は何」
千亜紀「電話してくれた理由」
沙紀「……愚痴かもね」
千亜紀「やっぱり」
沙紀「うざくない? 誰かさんが寝転がってたソファまで届く気しないし」
千亜紀「待って。ソファって寝転がるためにあるんじゃないのかな。さっき
 まで誰かさんもそうしてたけど」
   沙紀、黙々と肉じゃがを食べる
千亜紀「真一さんにとっての聖域。たぶん」
   沙紀、箸を止める。
千亜紀「間違ったこと言ってないよね」
沙紀「千亜紀が正解。私、きっと長岡沙紀のままなんだ」
   千亜紀、沙紀の顔を覗き込む。
千亜紀「七つ上とは思えない。むかつく」
沙紀「あんたもね。まるでタメみたいで頼もしい」  
翔太の声「……あの」
   沙紀、千亜紀、同時に振り向く。
   呆然とする館野翔太(27)。 
翔太「はじめまして」
   沙紀、起立。
沙紀「千亜紀の姉です」
翔太「……長岡、沙紀さん」
   沙紀、左手薬指を見せる。指輪なし。
沙紀「うん。一応ね」  
 
〇同・衣装部屋(夜)
   ドアを開け、電気を付ける翔太。
翔太「どうぞ」
   パッと広がる照明、ズラリと並んだ衣装を照らす。
   沙紀、目が点。
沙紀「すごい」   
   沙紀、衣装に駆け寄る。  
沙紀「よく集めたね」
翔太「全部古着ですけど。千亜紀と二人で、最初は趣味で集めて」
   ピンクのドレスに目が留まる沙紀。
沙紀「これさ……」
翔太「はい。マリリン・モンローの」
沙紀「まさか本物じゃないよね」
翔太「全然。それも映画と似たデザインを探して……」
千亜紀の声「私が作ったの」
   千亜紀、翔太の前を過ぎる。
   翔太、沈黙。
千亜紀「映画見て、似たデザインにしたつもり。モンローさんには叶わない 
 けど、誰かこれ着て映画出てほしくて」
沙紀「千亜紀」
千亜紀「何」
沙紀「いつになるの? 言ってみなよ」
千亜紀「……(何、この人。キレてる?)」
   沙紀、ドレスを体に当てる。
沙紀「演者は私。裏方やるって聞いた。何年前のことかしら」
翔太「沙紀さん」
沙紀「全然、仕事の相談なんかしないよね。姉の現場に顔出すくらいしても
 いいのにさ」
   千亜紀、沈黙。
沙紀「こんなに服集めて、男の子とシェアして、男の子受けする料理作っ
 て。ほんとは都会っぽく、かっこかわいい自分を見てほしいだけじゃない 
 の? 違う?」
千亜紀「お姉ちゃんこそ一番孤独だよ……私、服が好きなだけだ
 もん」
   千亜紀、沙紀からドレスを奪う。
千亜紀「これ、私がアメリカから取り寄せた。あなたが知らない店で。こん
 なにかっこよく作れるわけないし」
   沙紀、部屋を出る。
   千亜紀、涙目でドレスを叩きつける。
 
〇拓馬の書斎(夜)
   机で携帯電話片手に話す拓馬。
   電話から、佐藤Dの声。
拓馬「……佐藤さんですか。磯部から聞きましたよ」
佐藤の声「はい。ただ舞台を終えてすぐとなると……」  
拓馬「心配はご無用ですよ。私も負けず嫌い。娘と似て、人より仕事を増や
 す男なんですよ。芝居ばかりして偉そうになりたくないので」 
佐藤の声「長岡さん、よろしければ沙紀さんとご一緒に……」
拓馬「それは出来兼ねます。前にも言いましたけど、現場に親子関係を持ち
 込むのは良くない。まして私はドラキュラですからね。せっかく売れた女 
 優とニコニコしてはまずい」
    拓馬、手元を見る。
    書きかけの手紙がある。
佐藤の声「かしこまりました。番組の方ですけど、私も随分真一さんに手を
 焼いておりまして」
拓馬「ここはドラキュラにお願いという流れかな」
佐藤の声「……ぜひ」
拓馬「しかし、年寄りが踏み込むわけにも行かないと思うよ。まして私は舞
 台で指輪を外させたんだ。芝居の上でね」
佐藤の声「できれば沙紀さんの歌が聴きたいです。真一さんには内緒です 
 が」
拓馬「沙紀に確認しておくよ。愛娘の晴れ舞台くらい、確認しておきたいか
 らね。いつもは棺桶に入ってるものだから」
  
〇シェアハウス前(夜)
   街灯が照らす道路。
   沙紀、自販機から缶ビールを取り出す。
翔太の声「沙紀さん」
   翔太に気付く沙紀。
沙紀「飲む? 二本くらい奢るよ」
翔太「……あいにくですが」
沙紀「それなら呑み終えるまで付き合って。早速だけど、千亜紀について話
 してごらん」
翔太「……これを」
   翔太、携帯画面を沙紀に見せる。
   沙紀、画面を覗いて、
沙紀「なるほど。全部オリジナル」
翔太「はい。俺たち、古着ばっか集めてますけど、ほんとは古着じゃない服
 を作っていて。未完成のままの……それを売ることが夢なんです」
沙紀「……ふーん。で、千亜紀の料理、好きなのね」
翔太「一応」
沙紀「何、素直に美味しいって言わないと駄目よ」
翔太「すみません……美味しいです、とっても」
沙紀「何か私さ、千亜紀が言った通りかもしれない。あの子より包丁持つ日
 も少ないし。何のための婚約かわかんない」
翔太「演者さんって、みんな孤独だと思うんです。あいつ、沙紀さんの前で
 泣きたくなかっただけですよ。俺、そんな強がりなところが……その、結 
 構好きで」
   沙紀、翔太の顔を覗く。
翔太「……近くないですか(び、美人すぎる……!)」
   沙紀、顔を離して、
沙紀「こんなに否定されないことってないからさ。あの人にも見せたい感
 じ」
翔太「あの人って」
沙紀「……ダーリン。一応の」
翔太「司会者の浅村真一さん」
沙紀「そう。いつもかっこつけてるあの人」
翔太「……いつか真一さんのような有名人に呼ばれたいって思ってます。今
 は千亜紀と服飾家なんて名乗ってますけど……自分じゃない気がして」
沙紀「待って。自分じゃなかったら意味ないと思うよ」
翔太「……生意気言わせてもらうと、沙紀さんの衣装担当になったら、もっ
 と黒子になれる気がするんです」
沙紀「……真面目ね」
翔太「千亜紀に伝えたいことってありますか。今頃、ミシンに向かってると 
 思いますけど」
沙紀「そうね。肉じゃが、ごちそうさま。それから、私の負け。夢を追って
 る顔がキラキラしててさ。妬んじゃったわけ。なんか妹の方が上手く行っ 
 てる気がしてさ……でも、もういいや」
   沙紀、翔太の肩を叩く。
沙紀「真一さんにも言っておく。あなたのこと」
翔太「ぜひ」
沙紀「夜の自販機前でさ、一緒に仲良く芝居の練習してたって言ってやるか
 ら」
   翔太、苦笑い。
   沙紀、缶ビールを飲み干す。
沙紀「よし。私、マリリン・モンローになる」
翔太「……沙紀さん」
沙紀「大丈夫。髪の色、変わるくらいだから」 

(つづく)