【掌編】通学路 1

 睦美さんの腕は硬くて、綺麗だ。それが第一印象だった。
 ほぼ真っ白で、日に焼ける気配が微塵もない。なぜ硬いかというと、バドミントン部で鍛えた跡があるから。兄もその腕を誇りにしていた。
「一緒に行くか」
 誘いを受けた瞬間、即座に断る気でいた。
「あいつ急に言い出したんだよ。車で帰りたいってさ」
 この他人事みたいな、地方都市とは思えないような兄の言い草。なるほど、一度都会に出ると口調まで変わってしまう。一八まで、同じキッチンにいた家族なのに。
 金沢まで兄が運転、助手席に睦美さん。もちろん、私は後部座席で口を閉じる。自慢の愛車(中古だけど)で一緒に付いていくかどうか。それを聞いている。
「私……」
「行くんだな、そう返事するぞ」
 思わずつぶやいたことを後悔した。何度目だろう。睦美さんを待たせたくない。それは、たぶん正しい。
「咲奈ちゃんと予定あるとか」
 こうして抜群のフェイントをくれるのも一度ではない。幼馴染の咲奈とは数え切れないほど予定を組んできた。
「いいよ。断る。あの子も睦美さん知ってるし」
「それならいい。珍しく付いて来るって言うからさ」
 兄は食卓に置いたノートパソコンから目を逸らさない。
 朝から日差しが強くて、何もしなくても汗がどっと出ている。もうすぐ、兄の彼女が来る。そう思うと、落ち着きがなくなるどころか、どこかに隠れたい気分になった。