トラケパケのコネホ

 1999年秋、JICAの個別専門家派遣事業でメキシコ、ハリスコ州・グアダラハラにひと月滞在した。メキシコシティに次ぐ大都市ながら旧宗主国スペインの植民地だった面影を残す古都であり、有名なマリアッチの発祥地と言われている。
 派遣先はトラケパケのラボで、病原性細菌の診断技術の指導が目的であった。当初は炭疽たんそ菌や気腫疽きしゅそ菌の同定法も構想にあったが、日本からの菌株の持ち出しに制限があり、断念した。
 わたしは過去にボリビアの研修生を指導する機会があり、スペイン語は簡単な日常会話は話せたが、通訳のいない生活はそれこそ難渋をきわめた。
 当時、仲秋の時期でもあり、日本の伝承話をした。昔、猿ときつねウサギがいた。ある日、憔悴しょうすいした物乞い老人に出会い、3匹は食べ物を集める。猿は木の実を、狐は魚をってくるが、兎は何も持ってくることができなかった。そこで「私を食べて下さい」と火中に飛び込み、その身をささげた。実はその老人とは、3匹を試そうとした帝釈天たいしゃくてんという神様。その後、兎を哀れみ、月の中によみがえらせた。
 仲間たちアミーゴスは、顔に似合わず夢想家ソニャドルの日本人を奇異に眺めたが、さらに日本の猫は魚好きと伝えると、タコス嗜好の内陸の猫の飼い主らは驚愕きょうがくした。
 帰途につく前日、ボスが食事に誘った。数時間の道のりを2人の息子を荷台に乗せ、軽トラックでガタピシ揺られながら郊外のレストランに着いた。さまざまな動物のBBQが売りの店でコネホ(兎)の姿焼きが巨大串に刺され、待ち受けていた.高校生の長男は、わたしがG・ガルシア・マルケスの愛読者と判ると、そのコロンビア出身のノーベル賞作家を早口で激賞した。ソニャドルは片言隻句へんげんせきごも交わさず、謎の微笑を浮かべてコネホにかぶりついた。
                    琉球新報 2016年3月3日 南風


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?