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「価値ある・稼げる」医療・診断イノベーションとは?

この投稿(Facebook に書いたものの「そのまま再掲」です)は以下の記事で取り上げられているがん診断スタートアップそのものについて批評することが目的ではありません。

自分のサンフランシスコベイエリアでの心疾患診断スタートアップにおける経営経験を元に、米国医療診断業界における新製品(とそれを作って売るスタートアップ)が考えなければいけないことについて語るため、ちょうどNewspicksでの連載がアップデートされた同社を「議論の出発点」として取り上げています。

それでは以下、Facebook 投稿の再掲です。

既に何度か書いておりますが、自分はかつてベイエリアでタンパク質アルゴリズム診断スタートアップの立ち上げから米国CLIA法の下でのLDTという形での製品化* まで持って行きました。

この「線虫によるがん診断」の件についてもその経験で得た知見をもとに何度かコメントしているので屋上屋を重ねる、あるいは年寄りの繰り言みたいになりますが、診断テストが医療活動中そして医療保険システムにとって価値があるのは、

「その診断テストの結果によって医師の治療に関する意思決定が変わり、そのテストが無かった場合と比べて医療システムが節約できる金額が価格を十分に上回る」場合だけです。

「安い」はともかく「早い」も出る結果が同じなら緊急性を問われる疾患以外では意味はなく、ましてや「新技術で同じ結果を出す」テストは論外です。

上のスタートアップの例に沿って言えば「明確な自覚症状のない段階で比較的低価格なこのテストが5年以内に冠状動脈内のプラーク剥離が引き起こす心筋壊死(心筋梗塞)のリスクが極めて高い、という情報を受けて積極的に予防的治療を行うことにより、極めて高額な手術や入院あるいは生命損失が避けられる」という価値証明ロジックを展開したのです。

米国の場合、このロジックに基づき潜在患者人口や発症・悪化確率と診断・治療にかかるコスト(そこには「失われる命」も金額化されて参入されます)などを定量化した「医療経済計算」** を行い、その結果を以てメディケアや民間医療保険との価格交渉*** に臨み、その結果保健収載と償還額が決まって初めて医療現場で使えるのです。

もちろん「自由診療」として上の医療保険収載・償還システムに乗らない「診断」もありますが、その存在が許されるのは「医療行為に影響を与えない情報」としてのみ。線虫検査のように検査結果で高リスクと出ても「どのがんである」かが不明確で結局病院やクリニックを巡って色んな追加検査(これは保険負担)が必要となったりすると、この検査によって医療システムにとって「本来発生しなかった支出」が発生するので価値はマイナス、になるのです。

ここにグレーな結果が出て患者や家族のストレス・心労が増加してQOLが下がったり、という測定は難しいけどまずマイナス価値な要素を加えれば社会的なコストはさらに高い、ということになるのです。

本件、その後第三者による確認追試によりテストとしての信頼性が確認された・されないという話も聞かないので引き続きグレーなあり方のまま日本人の多くが有する「がん恐怖症」に乗っかった製品として販売が続いているようですが、今回こうした規制要請が出ているのは良いことです。

* (何の話かわからないかもしれませんが、医療診断テストの便宜的な上場方法だとお考えください。決して「抜け穴」ではありません。)

** 巨大かつ複雑なディシジョン・ツリー(意思決定木)分析と言っても過言ではありません。自分はディシジョン・ツリーによる不確実性下での企業の戦略意思決定(=資源配分)分析の訓練受けていたのでこの医療経済計算の概念はとっつきやすいものでした。

*** 上記経済計算により自動的に価格が決定される、ということではなく、会社としては各保険機関がそれぞれ提示してくる価格水準を想定して「定価」というか参考小売価格みたいなものを設定してそこからの交渉、によりなんとか利益を確保する複雑怪奇で時間のかかるプロセスでした。

【追記】

自分のスタートアップ経験については以下マガジンに体験記として投稿しています。同社を退職直後に書いたものなのでその後の自身の経験と考え方の変化に即してアップデートするべきなのかもしれませんが当時の自分の「余熱」めいたものを残しておきたいので敢えてそのままにしてあります。

ここにも書きましたが、自分のいたスタートアップは自分の退職後、上の価格交渉中に米国心臓協会が心疾患の診断と治療ガイドラインを大幅に変更したため、テストの存在意義が無くなって投資家が追加資金提供を拒否して会社精算、という結果に終わりました。

もっとも同社で培われた血中バイオマーカーを使った診断アルゴリズムのノウハウは元社員が転籍した先の企業で生き続けているので全てが無駄だったわけではありません。自分にとっては上記のような視点から診断テストのみならず治療法や医薬品の事業性について考えるフレームワークが身についたので同社で得たややこしい資金調達や法務面のノウハウとも相まって、個人的にはプラス。

そんな経験しているので「アメリカのVC紹介してください」というお話しされたらまず上のようなフレームワークに照らした上でどんな「紹介」ではなく「価値アピールができるか」を一緒に考えられるかどうかについてお話しさせていただいてます。それは傲慢でも勿体付けでもなく、プロとしてのマナーだと自分では思っています。

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