どんな職業だって、涙なくして…忘れがたいことば

”どんな職業だって、涙なくしてできるものなどありはしない。”

小谷野敦『評論家入門 清貧でもいいから物書きになりたい人に』(2004年)の終わりの方にある発言だ。

小谷野の書いたものは少ししか読んでいないけれど、このことばは、ずっと忘れられない。
なんて強烈な印象を受けたことだろう、このことばから。
前後の文脈からはずしても、「いいことば」だと思う。

人間も生き物の一種で、動物はエサを毎日とらなければ飢え死にしてしまう。
ヒトも食べるためにエサをとる代わりに、働かなければいけない。
これがヒトのエサ取りである。

食うために、ヒトは職に就く。
おもしろおかしいだけで、職は全うできない。
そういう人もいるかもしれないが、クリエイティブな人で、やりたいことで食べている人に限られよう。
たとえそういう幸せな人でも、「おもしろおかしい」だけではすむまい。

だから、苦しいのは当たり前なんだから、必要以上に悩まず、仕事で自己実現などと言わずに割り切って稼いで、帰宅後にやりたいことをすればいい。こう思う人がいても不思議じゃない。
自分もこう思うようになった。

生きるために、心にもないあれこれをせざるを得ないヒトという存在は、悲しい存在かもしれないけれど、動物にはない理性がある。
楽しむすべも心得ている。
せいぜい楽しく、おもしろおかしく生きた方が得だと思う。

おいしいものを食べるとか、お酒を飲むとか、芸術に触れるとか、好きなことを見つけて、日々の糧をかせいだ余暇を味わいたいものだ。

最近思うのは、こういうことです…



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