お守りを買うのは何のため?
先に、私は仏教徒ではないためこれからのコメントがかけると思う。
信者の方に対して大変申し訳無いコメントを書くかもしれない。クレームは勘弁して下さい。この内容をスルーして下さい。
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さて本題ですが、
自転車で走っていた時、近くの車の後部を見て、安全祈願の御札のようなシールが貼られていた。
運転されていた方はご年配の方のようだった。
そこで考えてしまったのが、この安全祈願シールが貼られていることでいったい何が守られるのだろうか?と疑問に思ってしまった。
車の事故は突然やってくる。もちろん本人が注意をしていても、突っ込んで来ることもあるからだ。
もしかしたらこのシールがあるおかげで、なしかしらのシックスセンスパワーが働き事故になる所を回避できるのかもしれないと考えみた。
なるほどそれならば事故は世の中から無くなる。
お金を出し、シールさえ買えば世の中から交通事故が無くなるのだ。
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残念な結果があった。
その日予定していた所へ行き、家に帰ろうとした時、事故車を見てしまった。例のシールが貼られていた車ではなかったが、車には安全祈願の御札がぶら下がっていた。
どういう事だ。守ってくれるんじゃないのか?
それか事故をしても怪我を出来るだけ守りますよってことなのか?
確かに事故をしていた人は、ピンピンしていた。お守り効果なのか!
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もしも、もしもお守り効果があるのであれば
金持ちや富豪達は、お守りを買いあさり事故とは無縁の世界にいるのだろう。また健康も保証されているのだろう。
実際はそうではない。
では何のために、何百年も前から人はお守りや安全祈願シールを買うのか!
自分の結論は心のより所、安心を買っているのだと考えた。
人間は弱い。人間の心はすぐにぐらついてしまう。
不安や恐れ、未来への恐怖に何処か頼れるものはないのかと探し続けてきたのだと思う。
信仰は強い。その想いは悪いことではないが、
人間の弱さに漬け込んで、詐欺まがいな未来保証を買わされていたらそれはどうなのだろう。
自分自信弱い部分を認めて、色々な人に支えてもらっている事に感謝して生きていければ素晴らしいのでないのか!
そんな私も神様はいると信じている。
ただ、お守りや安全祈願シールは人が作った物なので持ったことない。
今日も健康で事故のない日になるよう祈りたい。