地域おこし協力隊として生きる
鷹栖町地域おこし協力隊になり2年6か月が経過した。マインド系の記事ばかり書いていたので、今回は協力隊の活動について。
私は生まれも育ちも鷹栖町。高校卒業と同時に鷹栖を出て2年6か月前に戻ってきた。実家があるため毎週のように鷹栖へ来ていた。私にとって鷹栖町は生まれてからずっと当たり前に存在する町。
地域おこし協力隊になった経緯は
地域おこし協力隊になった経緯を簡単に説明する。結論からお伝えすると、PRの資格を持っていて個人だけではなく企業や町に活かせないか?と考えていたところ「鷹栖町地域おこし協力隊募集」の広告を見かけた。
「自分が生まれ育った町でそれを活かせたら最高」と思い応募してみたところ採用頂いたので、私はタイミングに恵まれていた。
私が協力隊になった2022年春は、長男が大学進学、次男が高校進学、三男が転校と家族全員が一気に新生活スタートとなった。かなり忙しい春だったけれど、転校が嫌だった三男坊以外はワクワクする出来事。
協力隊1年目について
協力隊になりすぐに感じたのは人の温かさ。ぶっちゃけ私は人間関係の良くない職場にいたことが多かったため、初日から感動した。協力隊になり1週間経過、2週間経過するとともに気がついたのは、協力隊という仕事はものすごく漠然としているということ。私は提案型で採用になっていることもあり「これをしてください」という状態ではない。それは理解の上であったが、私が提案したことと実際の現場が求めていることとは違っていた。
「なんか、やばいかも」
1年目の協力隊には「思っていたことと違う」というのは、今となってはよく聞く話し。不満を抱えるのか、不安を抱えるのか、できることを考え直すのかは、個人の能力による。この時点で役場職員を敵に回してしまう人もいるが、それはもったいないということは確か。
私が取った方法は、自分が本当にやりたかったことを横に置き、求められることをするということ。様子を見ていくのも大切だし、焦らないことや、自己肯定感の低さから発生する無価値感を持たないというのは重要。
喧嘩をしなくていい、無価値感を持たなくていい。
1年目は役場職員向けにSNS講座を開催したり、他の協力隊と関わりを持ったり、イベントへ参加してみたり、いろんな人の話しを聞き触れ合うことで自分には何ができるのかを考えていた。
1年目は、気合を入れ過ぎない
「協力隊になったら〇〇するぞ!!」
そう、気合が入り過ぎている人ほど現実とのギャップに苦しむ。地域が求めていること、本当に必要なことは何かを知ることが大切。私は「〇〇をするぞ!」と意気込んでいたけれど、実際は思うようにならなかった、というか私が考えていたことは時期尚早。それはそれで良かったと今は感じている。
できることからやっていけばいい。
目の前にあることを楽しめばいい。
悩みがある時は、大きくなる前に誰かに相談すると良い。
2年目以降のことについては次回以降に続く。