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大阪とんかつ〜マネージャーの優雅なデシャップ

高級店でも大衆店でも
料理屋のデシャップ(配膳)は経験がいる。

高校卒業後の進路で親と決裂、
大阪に渡り、バイト先の寮に住み込み、
出会った人たち、第2弾。
(第1弾はこちらです)

現代はPOS(ポス)レジで注文管理ですが、
以前はデシャップの腕が店の流れを決めた
と、私は思っております。

ホールから上がるオーダーを
キッチンに通し、
キッチンからランダムに上がる料理を、
状況に合わせて提供する采配をとる。
それが、デシャップ。

フランス料理などコース仕立ての店ですと
また話が変わりますが、

私のバイト先のとんかつ屋は、
デシャップを
黒メガネのマネージャーが
一手にこなしておりました。

マネージャーは顔色が浅黒く
黒メガネの奥に
黒目が大きい二重の目がある。

ホールのオーダーの声
キッチンの料理のかけ声
配膳する音
運ぶ先の指示の声
客の入店コール。

幾つもの音が
重なるのはしょっちゅう。

それを一瞬で聞き分け、
一度に何役、狂いなく、 
器用にこなす。

例えば…

右手で人数分の椀に味噌汁をよそい、
同時に左手で配膳盆を出して副菜をのせ、
左手で、よそった味噌汁をメインに添え、
あいた右手で、記憶しておいた
新オーダーの伝票を書き、
キッチン用の伝票からは
出した料理を消す。
これが切れ目なく続く。

キッチンの上がり具合を見て、
また配膳の準備と指示
キッチンとホールの連携

そこに酒のオーダー、客の要望、
クレーム、あれやこれやが混じる。

ウェイトレス同士がぶつかって
黄色い声をあげる。
洗浄機の機械音、
騒がしい配膳室。

野戦場のような
荒々しいバックヤードで
感情を出さず、冷静に
間違えることなく、

必ず丁寧に、
ハイ、ハイと返事を返し、
淡々とこなす人でした。

フロアには店長がおりました。
立場はこっちが上、
無口で笑わないことにかけても、上をいく人。

店長は銀行の支店長か、お医者さんのよう。
賢そうで人の心を見ぬくような目。
愛想がいい大阪のイメージはありません。

マネージャーのデシャップの技を
たいしたもんや、と
ニヤリ、ほめておりました。

たまに店長が入ると、
スピードは少し落ちるのでした。
その店長に似合うのは
有線の曲が優雅に流れる空間です。

昼のラッシュが落ち着きを見せると、
従業員に昼休憩の声がかかります。

店では昼食代の足しに
一回300円の現金が渡されましたが、
私は寮から適当な食べ物を持参し、
昼ごはん代はこっそり貯めていました。

でも時々は
何か満足なものを食べたくなり、
ある日、サラダ屋に入ったら偶然、
マネージャーと一緒になったのです。

マネージャーは蝶ネクタイを外し、
タバコを吸っていました。
後から入った私に気づき、
よう、と声をかけてくれ、
ここ、どうぞ、と言いました。

休憩にならないと内心思いましたが、
断るなんてできず、おずおず同席。

「学校はどうですか」
「面白いです」
「寮や仕事は慣れましたか」
「少しずつですけど」

マネージャーはなぜか、私に
です、ます、で話してくれました。

「休みは何をしてるんですか」
「学校のノートをまとめています」
「遊びに行かないんですか?」
「行きたい所はないし、休みはここに来るので」
「ああ、そやったなあ」
「早上がりに、デパートの地下を見て帰ります」
「楽しみはないんですか?」
「特には。勉強があるので」
「えらいなあ」
「マネージャーはいつもすごいって思ってます」
「すごくないよ、あれは慣れです」
「お休みは何をしてるんですか」
「僕は家でレコード聞くのが好きでねえ」
「なにを聞くんですか」
「知らんやろうけど、ロジャーウィリアムスいうピアニストが好きでねえ」

知っていました。偶然でした。

「ええ!ほんまか!きみ、知ってんの?」
「はい、父がレコードを3枚持っていて。レコードが赤いでしょう!綺麗で、すごく好きです」

LPが赤ワイン色の半透明の特殊な盤でした。
その人物は3才からピアノを弾き、
大学時代、ピアノ弾きなのに
ボクシングに没頭し、その後、
交通事故で手を複雑骨折し、
再起不能と思われたのを、見事に復帰。
『枯葉』で全米ヒットチャートを獲得。
ポピュラー代表の名曲を
世界で最初にヒットさせた人。

手の骨を砕いたとは思えへん。
鍵盤の上を流れる演奏が素晴らしいんや、
マネージャーが話してくれました

「キミ、知ってたか、そうか」
笑顔でした。
初めて感情を出した
マネージャーを見ました。
ふと、
故郷の父がよぎりました。

私にツナとチーズのサラダが来ると、
マネージャーは私の伝票を持って立ちました。
食事はとうに終わった後だとわかりました。

休み時間これからやな、
ゆっくり食べといで、
そう言ってご馳走してくれました。

です、ます、
ではなくなっていました。

マネージャーと二人だけで話す機会は、
それ以後はなかったけれど、

私の心にあった、
店での、よそ者気分が、
ぐんと変わりました。

夜のラッシュが始まり、
マネージャーの細い体が、
デシャップで休むことなく
淡々と動いている…

全身を使った仕事ぶりは、
気のせいか、どことなく、
リズムがあり、
音楽的に見えました。

踊るように
自分の役目に没頭している
カッコイイ姿。

合理化される前に見られた
プロの活気ある姿でした。

次回は店長について
綴りたいと思っています。

今日も、最後まで読んで下さって
ありがとうございます。




いただいた、あなたのお気持ちは、さらなる活動へのエネルギーとして大切に活かしていくことをお約束いたします。もしもオススメいただけたら幸いです。