Garçon ギャルソン!! 〜その3・まかない〜
レストランに研修で入った私が見た
ギャルソンとの珍事第3弾。今回は賄いの話。
私がいたフランス料理レストランでは
自分たちの食事をマンジェと言いました。
(過去の話は、こちらでどうぞ)
レストランの開店は12 時。
フロントやお掃除係は9時入り
キッチンも9時入り
ギャルソンは10時に店に入ります。
そして11時、マンジェと言う
ミーティングを兼ねた遅い朝食を取ります。
キッチンで若い料理人が用意しますが、
シェフもいますから、余り材料で
工夫したモノが出されます。
サラダ、前日のバケットで作る
フレンチトーストやパンプディング、
パスタ類、ピザ、野菜のソテーやスープなど。
ギャルソンはコーヒー、紅茶
ホットミルク、アイスコーヒーなどを用意。
食事後は予約とメニューの確認をします。
キッチンにいた沖縄出身、
若い女性キョンちゃんが
故郷から送ってきたゴーヤで作った
チャンプルが出された時は、
日頃、あまり食べないシェフも、
お袋さんが送ってくれたのか?と、
目を細め、微笑みながら
産地直送の素材を味わっていました。
北陸出身の垣田君は、
にっげ〜え!と露骨。
すると、
どこがですか?と
独特のイントネーションのキョンちゃんが、
キョトンとしています。
「これが苦くなくて、世の中の何を苦いっていうんだよ」と垣田くん。
「食ってみ」
「食べてますう。私が作ったんです」
「苦いべ?」
「・・・・・ぜんぜん」
「じゃ、俺の食ってみ」
垣田くんは自分の皿に取り分けた分を
食べさせる。
「・・・・・ぜんぜん」
イケメン江藤さんが呆れている。
メートルの柴さんが笑っている。
ジャンレノは、
カキは脳みそも筋肉〜、とつぶやいている。
日頃、軽口をきかないシェフが、
「カキ、キョンを嫁さんにどうだ?」
と言いました。
「無理っす!口が合わないっす!」
と言って、みんなに大笑いされました。
キョンちゃんも、
「田舎くさい人、ぜったい無理です」
シェフが
「キョンは誰が理想よ」と聞くと、
「尾崎豊です!」と即答。
「だれ?それ」と聞き返す垣田君でした。
昼の営業がクローズすると、
私達は午後3時くらいから
賄いのある建物へ行きます。
アニキ分垣田くんと子分の私は一緒です。
賄いでは、お杉さんという女主が居て、
若い彼ら相手に食事を用意してくれます。
垣田くんは、その日、
棚に出されている料理を見て、
賄いのお杉さんに文句を言いました。
「チャーハンにシイタケ入れんなって!」
「いやなら、やめな」お杉さん負けてません
「俺はシイタケ食えないって言ってんだろう」
お杉さんは垣田くんのチャーハンを取り上げ、
代わりに白身魚の酒粕の漬け焼きが出ました。
「またカスっちょかよ、オレ、いらねえ」
といって、ごはんに野沢菜の漬け物を
山盛りかけて食べ始めました。
そこに、おはようございます!と言って
柴田さん、通称、柴さんがきました。
常に落ち着きがあり、かつ、出しゃばらない。ガキ丸出しの若者を押さえつけず、
上手にコントロールする。
怒ったところは見たことがないと言われる人。
柴さんが棚からチャーハンをとるとき、
「お杉さん、ごめんね、うちの、まだガキなもんで、すいません」と謝りました。
柴さんは、とくにハンサムではないのですが、
なんとも言えない魅力がありました。
まさに人徳者というのでしょうか。
30代半ば独身細身、背はギリ170㎝くらい。
ところが、一度だけ、賄いで、
柴さんが文句を言うのを聞きました。
その日は湯豆腐でした。
垣田くんが、柴さんの分も、
湯豆腐を持って来た時、
既にテーブルに着いていた柴さんが、
ゲッ!と言ったのです。
「オレの前にこういうものを置くなって言ってるだろ」
垣田くんが、
「あ、やべ、忘れてました!」と謝りました。
「あれ?豆腐お嫌いですか?」とたずねると、
「キライなんてもんじゃないよ。俺とケンカしたかったら、コレを出せば一発だよ」
「それほど?なんでですか?美味しいですよ」
「そういうことじゃないんだよ。なぜ、平気でこれを食うのか理解できない」
「よほどですね」
「よほどだよ」
たぶん、間違いなく、
豆腐そのものではなく、
それにまつわる何かである気がしました。
女の勘です。
でも、柴さん、さすがです。
お杉さんに、丁寧に、
ゴメンね、と言って、返しました。
お杉さんも、
アラ!うっかりしてたね、
柴ちゃんに別のあるのよ、
と言って、カスっちょが出てきました。
チャーハンの日の続きに戻りますが、
どこからともなく白髪、やせた小さな体で
ゆっくりそろそろと、老女が現れました。
彼女はこの店の“生き字引き”と言われている、
静さん、通称、しーちゃんです。
ここの本店は明治創業の料理旅館が前身で、
しーちゃんは昭和の頃から、
ここに住み込みで働き始めた
中居さんだった方です。
事情は知りませんが、身寄りもなく、
先代の社長の時から、この賄いの上に
部屋を用意してもらっているとのこと。
しーちゃんがお昼ご飯を食べに来ると、
威勢のいいギャルソンたちや、料理人たちも、
皆、一度は箸をとめ、
ちゃんと挨拶をしました。
そういうところを見ると、
私はなんだか、ほっとしました。
垣田くんや料理人に、
しーちゃんがヨチヨチと近寄っていきますと、
椅子に座っている彼らと、
立っているしーちゃんの背丈は
ほとんど変わりません。
しーちゃんが、垣田君のそばに行き、
「なんで、あんただけ違うもの食べてるの」
と言いました。
垣田くんが、
「イジメられてんです」と言いました。
するとしーちゃんは、
なにか、空気音を出してケタケタ笑い
「じゃあ、私が可愛がってあげるよ」といい、
お杉さんに
「あたしのも、この子にあげて」
と言いました。
お杉さんは、笑いもしないで、
カスっちょをもう一皿出してきました。
垣田くん
「いやそれはもうあの、ハイ、大丈夫っす」
「しーちゃん、さすがだな」
と、柴さんが感心していました。
この賄いの建物には、
ときどき幽霊が出る、という噂がありました。
それから、もうひとり、
独り身の中年男性が住んでいました
その人が、なぜここにいるのかは
色んな噂がありました。
実は外国に家族が住んでいる、とか、
家族に家を追い出されたんだ、とか、
社長の秘密を知っているんだ、とか、
裏社会の掃除屋なんだ、とか、
もと役者だったとか、
結局は誰も本人に聞く勇気がないようで
とにかく用心棒のような存在でした。
幽霊が、どうしてここに出るのか、
こちらも、いろんな噂がありました。
昔は料亭旅館ですから、
三角関係で本妻が乗り込んできて
刃傷沙汰があったんだとか、
男に失恋した女がここに泊まって
海に身を投げたんだ、とか。
でもその話が出るたび、
誰かが決まって、
幽霊って、しーちゃんじゃねえの?
と言って、
最後は笑い話になってしまうのでした。
こうして、
私の研修もひと月を過ぎました。
他人様に素敵なお食事の
場所と時をご用意する、この業界にも、
実は、様々な人たちが生きていました。
幸せを提供するギャルソンも、同じでした。
それはまた、後日。
お読みいただきありがとうございました。