Garçon ギャルソン !! 〜その5・ミステリー〜
レストランに研修で入った私が見た
ギャルソンとの珍事第5弾。
ジャンレノは1階のバーマン。
映画『レオン』の殺し屋を演じた
俳優、ジャンレノによく似ている。
料理人を目指して、
このレストランに入り、
表でサービス修行をした1年間に、
ギャルソンに目覚め、さらに
ワインと酒の世界に惚れ込み、
バーテンの資格を取った男。
私が会った時は30才手前。
日本人です。
基本、無表情、カウンターに座る男性客に、
時折り見せる笑顔が渋いです。
普段は黒い上着を着ない。
白シャツでネクタイに凝り、
フレームの違う丸メガネを幾つも持つ男。
(ジャンレノが登場する過去記事を、よろしければご参考までにどうぞ)
1階のBAR&ブラッスリーは
ジャンレノの島。
ここの親分は彼です。
研修の身の私は、
アニキ分、21歳の垣田君と一緒に、
この夜は1階を担当。
レストランにも暇な夜があります。
その夜がそう。ノーゲスト。我ら3人。
こういう時、ふつう人間は無駄話をします。
しかし、相手は渋いジャンレノ。
笑わない男。
私は緊張して、薄暗い店内に
二人から離れて立っていました。
前面は大きなガラスの壁。
昼は素晴らしい海が見えても、
夜は真っ暗。漆黒の世界、
店内の灯りは照度を抑え、
ジャズが流れている・・・
垣田くんとジャンレノは同じ男子寮。
垣田くんはカッコいいジャンレノを
兄のように慕い、なんでもかんでも
ジャンレノの真似をします。
服装、趣味、読む本、聞く音楽、
何から何まで、もう恥ずかしいほどです。
ジャンレノは、
ヤツは脳みそまで筋肉だ、と言い、
黙って垣田くんを愛します。
ついに、
若い垣田君が沈鬱を破り、一言、
「ひまっすねえ、なんかしません」
「・・・・・」
ジャンレノはそんな子供のセリフを
相手にするわけがない。
「最近、なんか面白いこと、ないっすか」
私はチラリと離れた二人を見ました。
ジャンレノは、
私の視線をしっかり確かめ、
BARカウンターを出て
ブラッスリーのフロアの方に歩きだし、
誰もいないことを見てから、
カウンター前に戻ってきました。
そして、静かな口を開いたのです。
「あるよ」
「え!なになに、なんすか?」
色めきだす垣田アニキに、
わたしも思わず、
なんですか、と半歩だけ、
持ち場から進みましたが、やはり仕事中。
ペーペーがアニキ並みに近寄ってはいけません。
するとジャンレノが、
「いいよ、今日はどうせヒマだし、
おねえちゃんも来なよ」
「はい!ありがとうございます!」
「で、なんですか、いいことって」
「西村さんがな、7番に座ってるんだよ」
「え!西村さん?」
「・・・(これはわたし)」
「夜2時頃」
「その人。。。
こないだ死んじゃったんじゃないんですか」
「そう」
「ええええええ!!! (垣田くんとわたし) 」
「嘘じゃない。これ本当だから」
「(絶句・・・垣田くんとわたし)」
「俺、この何日か、ずっと見てる」
「こわいこわいこわいこわいこわい。もう、
そっち行けないっスよ〜オレ」
(私は無言で首を縦横にふっていた)
「行くんだよ、なに言っちゃってるの」
誰のことだか分からないくせに、
わたしまで怖くなりました。
垣田君は、軽々と女性をお姫様抱っこ
するのに(第2弾にあります)
幽霊には完全アウト。
7番とは、暖炉のあるダークな
ウッドフロアーの一番奥のブース席。
西村さんというお客様が
お気に入りの場所でした。
バーの常連さんが、夜2時になると、
魂になって座っている。
暗い海を前にしたバーに、
なにを残していたの?
垣田君がジャンレノに聞きました。
「西村さんて奥さんは?」
「独りだったみたいだ」
「マジっすか、カッコイイのになあ」
「うん・・・」
「しお。。。。まいときます?」
「そうだなあ、、、やってきて」
「オ、オレっすか!」
話をしながら、ジャンレノが
私たちにコーヒーを淹れてくれました。
私がお礼を言って受け取ると、
「・・・よかよか」
という低く、か細い声の
つぶやきが聞こえました。
「なにいまの、なんか聞こえた(わたし)」
「え?なに? 聞こえた? 聞こえたの?」
垣田くん、もう全然だめ、ビビりです。
「よかよかって」
「なんだ、レノさんジャン」
えええええええ! うわうわうわ、
なになに!初めて聞く九州弁!
私は北の女。
「あの、九州ですか!!」
「長崎」
「きゃあ!じゃあじゃあじゃあ、あのあのほら、おいどんは、なんとかじゃけん、あればしよっと、バッテン、なんばしよっとね、とか、いうんですか?」
なに言ってんの? と垣田君。
ジャンレノは、
「それ、鹿児島と博多とごちゃごちゃ混ざっとっと。おいは長崎やけん、九州でも違うと」
も〜ステキすぎです、
なんでもいいんです、このさい、
九州男児のシャベリが、めずらしくて
怖さはどっかへ吹っ飛んだのでした。
その夜以来、ジャンレノが、
サントリーミステリー大賞に
小説を書いて出すと言い、
ヒマになると、カウンターで
小さなノートを出し、
ペンをクルクルさせて、じっと、遠く、
何かを見ていることがありました。
あるとき、下へ降りると、
カウンターから出ていたジャンレノは、
私を見るなり、
決まった・・・とつぶやき、
ノートに何やら書きました。
何が決まったんですか、とたずねると、
「タイトルは、丸顔の女、にする」
と言ったのです。
それは、
ミステリーになるのでしょうか。
それから大賞を取ったという話は
聞くことがありませんでした。
お客様の私生活に関わることはなくても、
毎夜のごとく通って、酒を飲んだ人が、
心の一片を、
フロアの片隅に、
置いていったのでしょうか。
語り相手をしたギャルソンは、
不思議だけど、怖くはない、
と言っていたのが印象的でした。
今回もお読みいただき、
ありがとうございました。
続きは、また後日。。。