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何でも一人でやるのがかっこいい!という呪縛

ここ2ヶ月ほど本を読み、人と話す中で、「一人だけでやり切らない」「チーム戦」「コミュニティ」というキーワードがよくでてくる。

どれも巷に溢れるワードで、きっと私の耳にも何度となく入ってきていたはず。夫にも何度も言われた覚えがある。でもあまり気に留めてこなかった。
昔から「人に頼ること」「チームで協力すること」「集団」といものを毛嫌いしていたから、どうやら耳を通過してしまっていたみたい。

ようやく、私の耳にも「一人だけでやり切らない」「チーム戦」「コミュニティ」という言葉が届き始め、頼れる人がいないこと、仲間が周りにいないことに気づき、私の思考回路の代償が浮き彫りになった。

ちなみにそのことに気づかせてくれた本はこちら。
最近黄色い本が多いのは気のせいかな...
「がんばらない働き方」では、仕事は一人でやり切らない方が質が上がる!
「スタンフォード式 人生デザイン講座」では、人生デザインは誰かと共同創造するものだ!
そんなことが書かれていた。

これはもはやお告げだと思い、
今日は何でも一人でやり切るのが偉い、かっこいいという呪縛について書いてみたいと思う。


何でも一人でやるのがかっこいい!のか....

一人でやり遂げることがいつの間にか習慣になり、それが美学化していた。

子供の頃から一人で達成できるものが好き。
体育は、バスケやサッカーよりも、跳び箱や体操競技を好んで
音楽はみんなで合唱するのが苦手で、いつも伴奏者をやった。

仕事も誰の成果か分かりやすい営業という職を選んだ。
次に始めたライターの仕事もインタビュー以外は基本一人。

うまくいけば全て自分のおかげ、
失敗したら全て自分のせい、その単純さが私には合っていたのだと思う。

だたその奥には、こんな思いもあった。
人に頼るのが心底苦手。
できないと言えない。
手伝ってと言えない。
チームにダメなところをみられたくない。
だから自分だけで完結するものを選んできた。

家事も育児も仕事もこんなんだから、
自分で勝手にやっておいて、
疲れ切って周りに無駄な罪悪感を与える困ったちゃん。

しかも頼ってこなかったから頼れる人がいない、頼り方を知らない
一緒に仕事をする仲間がいないことにも気付かされた。
これは私の望むかっこいい姿とは言えない。

仲間の作り方を知らないことに気づく

そんな気づきがあって、
家事、育児は、ベビーシッター、家事代行に頼めるようになってきた。
お金を払って、アウトソーシングはできるようになったが、
金銭関係の発生しない趣味の仲間やコミュニティを作るのはもう少し難易度が高かった。

ただ心のうちを聞いてもらう
ただ一緒にダンスを踊ってもらう
自分でも頑張ってできそうなことをあえて頼んでみる

相手の時間を奪ってしまうのではないかという不安が募できなかった。
これができたら、もっと楽しくなるのは分かっているのだけど。

仲間作りの第一歩。

私はもともと超超超効率主義。
好んで一人で完結することを選んできた。

「一人だけでやり切らない」「チーム戦」「コミュニティ」という言葉が私の周りで飛び交い始めて、たまたま読んだのが2冊。

「京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ」では、人間はもともと生物学的に一人では生きてないと書かれていた。他人の時間を生きてみることが、自分を広げることにもなると。

「モモ」では効率化すればすれば時間のなくなるジレンマ、時間の大切がテーマになっていた。

「モモ」あっちゃんのYouTubeも分かりやすくておすすめです。
本を読む時間は取れなくても、効率化したのに満足度が上がらないという方にぜひみて欲しいです。

一人でじっくり本を読んだり、考え事をする時間も大切。
ただ私はこの時間を優先しすぎて、効率化を図りすぎた。
友達と会う時間も、職場の人とのランチももったいないと思った。
そうすると自分の想像を超えることが起きなくなる。

仲間作りの一歩は時間を独り占めしないで、たまには誰かと時間をシェアするタイミングを作ることだと思う。

一緒にダンス練習しないと声をかけてみる
オンラインでお茶しない?と誘ってみる
誘われたイベントには顔を出してみる
などなど

人に頼ることで生まれる自分の時間を、
誰かと共有して一人じゃいけないところに行きたい。

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