【紀行】ベトナム縦断の旅 (その4)中部 フエ、ミーソン遺跡、ホイアン
フエへ
3日目、9時35分発のハノイ空港から、フエ空港への飛行機に乗り、フエへ。ここで、ガイドのメイさんとはお別れ。フエで中部のガイド、トゥンさんがお迎えしてくれる。トゥンさんはフエ在住の30歳代の男性、この人がいちばん日本語の語彙が豊富で、史跡について詳しく説明してくれた。
フエは、ベトナム最後の王朝、阮朝の古都であり、ベトナム戦争ではテト(旧正月)攻勢があった激戦地だ。1993年にベトナム初の世界遺産に登録された。実は、飛行機が予定では8時頃の出発予定だったのが、1時間30分ほど遅れたので、先に昼食をいただき、その後阮朝王宮、ティエンムー寺、カイディン帝廟等を回る。
昼食は、旅行のしおりには「フエ宮廷料理」と書いていたが、食事をしながら、歌と演奏をしてくれた。一弦琴(ダン・バウ)はちょっと不思議な楽器だ。
阮朝王宮、ティエンムー寺、カイディン帝廟
3日の主な観光はフエ市内。
阮朝は初代ザーロン帝が1802年に興し、13代バオダイ帝が1945年に退位するまで続いた最後の王朝。その王宮はほとんどが戦争で破壊され、今修復の真っ最中らしい。修復されたのはごく一部だというが、それでも広い。
ティエンムー寺は1601年創建され、仏塔が美しい。また、そこの僧侶が戦争中に政府に抗議して焼身自殺したことでも有名で、中庭も彼の青い車が展示されている。
カイディン帝廟は、阮朝第12代皇帝カイディン帝の御陵。龍をかたどった石段の手すりや、兵馬俑のような石像があり、陵の中には豪華なカイディン帝の等身大の像が鎮座している。壁面などに日本のガラスも使われている。
その後、途中のダナンで夕食をとり、ホイアンまでバスで移動。ホイアンのホテルに着いたのは20時頃。やっぱり朝の飛行機が遅れたので、ちょっと押し気味だったようだ。
ホテル周辺
ホイアンのホテルは「ロイヤルリバーサイドホイアン」。旧市街の近くのトゥポン川の川沿いにある。ナイトバザールや日本橋(来遠橋)など観光地の近くなのでその近辺はホテルが林立している。ここのエリアは、夜になると大型バスが進入できないらしく、昨晩は途中で小型バスに乗り換えてホテルに着いた。
4日目は朝、8時30分集合でミーソン遺跡に向かうのだけれど、朝食前に朝の散歩に行く。道を歩いているとやっぱり体操している人がいる。日本橋(来遠橋)までは歩いて10分ぐらいで行けることがわかった。スマホのMAPは便利だ。ただ、この4日目、雨期の終盤で天気が崩れるらしい。
ミーソン遺跡
午前はホイアンからバスに乗って1時間あまりの場所にあるミーソン遺跡へ。実は、ここが入っていたから、このツアーを選んだのだ。ここは、2世紀から17世紀まで中部で栄えたチャンパ王国の遺跡で、陵でも住居でもなく、ヒンドゥーの宗教施設だったらしい。1999年に世界遺産に登録されている。
バスの駐車場から、園内カートで遺跡近くまで行く。けっこう距離があり、スピードがあるので、風が気持ちよくスリリングだ。もっと密林かと思ったら、意外と拓けている。そして例にもれず、目印にしやすかったので戦争でほとんど破壊され、あちこち修復中。遺跡以外もその近くで池になっているのは爆撃の跡とのこと。入口の簡易なシアターではチャムダンスショーが定時に催されている。霧雨が少し降ったけど、なんとか天気ももってタンノーした。
大雨のホイアン旧市街
昼食をとったあたりから、雨が強くなってくる。雨期の最後の時期らしい。午後はホイアン旧市街を散策し、傘をさしながら「福建会館」「フンフンの家」「海のシルクロード館」等をまわる。ホイアンの旧市街も1999年に世界遺産に登録されている。
雨の中、夕食のお店集合の前に1時間ほど自由時間があり、それが日本橋(来遠橋)の近くだったので、一度ホテルにもどって、スニーカーをサンダルに履き替え、ホテルの丈夫な傘を持って、荷物を極力減らして濡れてもいい装備に変える。川は満潮・干潮の具合もあるのか、明らかに水位があがっている。夕食のあと、ナイトマーケット散策があるが、そこでダンナは離脱し、ホテルにもどる。
ナイトマーケットは朝散歩した川向こうの界隈にあったが、こんな大雨の中でも色とりどりの灯籠が点り、道の夜店はしっかり商売していた。観光客も意外に多くて、傘と合羽でうろついていた。その間にもますます大雨になっていく。
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