悩めるオランダ高校生のキャリア選択、息子がいきなり方向転換
オランダの中等教育(中学・高校)で職業コース(VMBO)に通っている息子。大学進学コースとは違って、4年間という短い学校生活が早くも終盤を迎えており、いよいよ次は本当に職業に直結した専門学校を選ぶ時期がきている。
先月はいろんな学校のいろんなコースが紹介される「教育マーケット」なるものに行ってみて、「足病学」に興味を持った息子。それを目指してまずはMBO(中等職業教育)の「スポーツ学科」に進むのだと思っていたのだが、どうもピンとこないところがあり、いろいろ悩んでいたらしい。そりゃ15歳だもの、仕方がない。
「何をしていいか分からない場合は、VMBOの後に大学進学コースに行っておけば?」
オランダ人の義理の母や、まわりのママ友たちからよくこんなアドバイスを受ける。私もそんなアドバイスを投げかけてみたが、息子はもう今の学校でさらに机に座って勉強するのは絶対に嫌だという。
「でも、学校に行かないという選択肢はないんだよ。18歳まではどこかに在籍しないといけない。スポーツでも何でもいいよ。今やってみたいことを考えてみな」
息子もメンター(学校の担任)との面談などで少しは進路を考えていたらしく、意外な答えが返ってきた。
「映像編集とかをやりたい」
入学は早い者勝ち?!
スポーツ学科に進むものと思っていた息子がいきなり、どちらかというと「美術系」みたいな方向に転換したのにはびっくりしたが、しかしまあ、考えてみれば彼の時間の多くはビデオ編集にも費やされていた。
彼がいちばんパッションを傾けている「フリーラン(パルクール)」の世界では、それを撮影して編集して、音楽を付けてカッチョイイ映像に仕上げるというのも重要な仕事で、世界各地のチームが自分たちの映像を売って収入源にしている。息子たちのチーム「Commit 040」でもそんな映像を作って、イベントなどで披露しており、息子も小遣いでいいカメラを買って、フリーランのトレーニングのない日には部屋に籠って映像編集に取り組んでいる。
どうやらフリーランの先輩でもMBOで映像編集を勉強している人たちがいるらしく、息子は彼らの通う学校「Sint Lucas(シントルーカス)」に興味を抱いているらしいのだ。
早速、その学校を調べたところ、もう11月5日には入学申込みを開始するとのこと!最終的には3月まで申し込みは受け付けられているのだが、人数がいっぱいになってしまった時点で締め切られてしまう。ひえ~!
人気のある学校では早い者勝ちで入学が決まるため、「申し込み開始日の開始時間ぴったりにコンピューターの前で待機して、素早く申請しなければならない」などというウワサをほかの保護者から聞いていた。彼らはある学校の「カメラマンコース」に娘を入学させるために、3台のパソコンをスタンバイして、申し込み開始時間に一斉に申し込みボタンをクリックしたという。まるでローリングストーンズのコンサートチケットのようではないか!
しかし、サイトでシントルーカスの入学方法をよくよく読んでみると、誰もが入学できるわけではなく、面接と作品ポートフォリオによる審査があるというので、ひとまずホッ。ただし、それでも入学定員数に達してしまったら締め切られてしまうので、申し込みは早い方がいい。あとでキャンセルはできるらしいので、とりあえず何でも興味のあるところには申請しておくことにした。
クリエイティブが炸裂するヒップな学校
そんなわけで、とりあえずは申込みを済ませた息子。今週末はそのシントルーカスの「オープンデイ」があったので、申し込みと前後してしまったが、親子で見学に行った。
学校は、Eindhoven市内のヒップなエリア「Strijp-S(ストライプS)」にあり、フリーランのジムからも目と鼻の先。学校自体は古くからあるのだが、建物は何年か前に新築されたもので、超モダンな外装&内装。学食など、近所のカフェ顔負けのカッコよさで、「こんなところで毎日過ごせるなんて素敵だなあ!」と、親の私までウキウキする。
ここで学べるのは、映像、音響、空間デザイン、デジタルデザイン、ソフトウエアデザイン、フォトグラフィ、クリエイティブテクノロジー、メディアプロダクション、イベントマネジメント、ガラス工芸、皮革、テキスタイル、陶芸、デコレーション etc… 。伝統的な材料を使うものからデジタルまで、いろんなクリエイティブコースが揃っている。
校内にはテレビ局で見かけるような大きなカメラや、プロフェッショナルな音響機器があり、先生なのか、生徒なのか、「業界人」っぽい人たちが見学に来た学生や保護者に機材を見せながら説明している。イベントの空間デザインのコーナーでは、いかにもコンサート会場で見かけるオッサンといった感じの、腕に刺青のあるスキンヘッドの先生と話をした。彼らは11月に地元アイントホーフェン市で開かれる光のイベント「GLOW」の照明アートも手掛けているらしい。とてもフレンドリーな先生が多く、学校の好感度は一気にアップ。
プロフェッショナルな環境に親子でゾクゾク
息子が興味を持っているのは、MBOの「オーディオビジュアル・スペシャリスト」コース。それを紹介している教室に案内されると、牛みたいな鼻輪(ピアス)を付けた女学生が個人的にいろいろ説明してくれた。
「ここではストーリーを組み立てて、映像と音でそれを表現して伝えることを学びます。作品は映画、ドキュメンタリー、報道、コマーシャル、スポーツなど、いろんな場面で使われます」
私は矢継ぎ早に質問を投げかけた。普段、ライターをしているので、こんな時にどうもインタビューっぽくなってしまう。以下はそのやりとり。
―机で勉強することと、実践で映像スキルを学ぶことの割合はどのぐらいずつですか?
多少は机で勉強することもあるけど、とにかく実践が多いです。特に3,4年生はインターンで、映像スタジオやテレビ・ラジオ局、広告会社、一般企業などで実践を積むんですよ
―入学する前に面接とポートフォリオで審査があるようですが、なにかアドバイスはありますか?
ポートフォリオはこれまでに作ったものがあればOK。それはそんなに凝ったものでなくても大丈夫です。面接ではここで学びたい気持ちを表現することが大事です。
―すごくいいカメラとか機材とか、自分で買う必要がありますか?
学校の課題などで必要な機材は、全て学校のを無料で借りられます。
このコースで4年間学んだ後は、どんな進路があるんですか?
人によってさまざまです。映像プロダクションとか、テレビ局とかに就職する人もいるし、自分で起業する人もいるし、美大とかに進学する人もいます。
―ちなみに、あなたは卒業したらどうするつもり?
私?…私は、アムステルダムのフィルムアカデミーに進学するつもりです。
―この学校について満足している?
ええ、とても満足よ
ふうむ、なかなか良さそうな学校じゃないの!
息子の方を見ると、「OK」なんて言って頷いている。
すると、彼女は息子に向き直って、「あなた、やる気ある?」と聞いた。
「あるよ!」と息子。
鼻輪の彼女は「それは良かった。映像技術を学びたいならおススメよ!」と、その場を締めくくった。
その後も学校の中を見て回ると、電車のレールのようなものが丸く敷かれており、その上をカメラマンが載った椅子が動く仕掛けが据えられていた。映画の撮影シーンみたいなやつだ。私たちがもの珍しそうに遠くから眺めていると、そこにいた学生たちが息子に呼びかけた。
「あなた、ちょっと乗ってみたそうね。そうでしょう?そうじゃない?」
息子は恥ずかしそうにしていたが、持っていたバックパックを私に預け、そのカメラマンの椅子に座ってグルーッとレールの上を一周した。こういう撮影方法もカリキュラムの中で学ぶらしく、このレールも自分たちで組み立てられるようになるのだという。素晴らしい!
見学し終わって、私たち親子は、プロフェッショナルな機材や環境にすっかり魅了されてしまった。しかし、こんなに素晴らしい設備や機材が揃った学校というのは、ものすごく学費が高いのではないだろうか…?
早速、カウンターの職員に質問してみたところ、8月1日時点で18歳未満の子供たちにかかる学費は無料。教材費はかかるが、1年間で100ユーロ(1万5,000円)程度だという。18歳以上からは学費がかかるが、それも1300~1800ユーロ(19万~26万円)ぐらいで、学生ローンを組むことも可能である。
う~む、こんなに素敵な環境で学べるなら、私もフォトグラフィコースに通ってみようかな……。
一瞬、マジで「50代でも入学可能でしょうか?」と聞いてみようかと思ったが、息子がめちゃくちゃ嫌がりそうなので、止めておいた。入学へのモチベーションが一気に下がっては困るし……。
息子は今月中に面接を受け、ポートフォリオも作成する予定。さて、無事に入学となるかどうか……。また、無事にこの学校を卒業した後、もしかしたらまた方向転換もあり得るのかもしれない。いや、その前に、今の中学・高校を無事に卒業できるのか……?!To Be Continued!