臨時休業女王
先日、北海道へ取材に出かけたときのこと。
取材班とは別行動で一人だけ前日入りした私には、密かに行きたい酒場があった。今回の取材先ではないけれど、気になっていた店。だからわざわざ自腹で1泊、酒場の町にはホテルも民宿もなく、隣町に宿を見つけて予約を取った。
はたして夜、バスはないというのでタクシーを呼ぶと、人の良さそうな運転手が念を押す。
「隣の町ですが?」
「はい、知っています」
「片道6、7千円はしますよ」
そうだった。
北海道の〝隣〟はソー・ロングなのだった。行ったら帰って来なければならず、頭の中で「チーン!」とレジの音がする。でも、ここで後戻りなどできようか。
お願いします、と覚悟を決めて走り出すこと10分あまり。延々と続く暗闇の途中で、ふと「予約は?」と念押しの声が飛ぶ。
どきりとした。
じつは、何度電話しても通じないのだ。でも公式サイトやSNSで確認したが定休日ではないし、臨時休業の告知もない。だから単に忙しくて電話に出られないのかな、と不安を押し込めていた。
「お休みだったら悲惨ですよ」
悲惨、という言葉に不安は募り、再度スマホを見る。
やっぱり臨時休業の告知はない、と思いきや、インスタグラムの投稿を遡ること1週間前に「イベント参加のため、◯日〜◯日はお休みします」と書かれていた。
今日からだった……。
なんで1週間も前に一度こっきり?
心で訴え、「ふはあああ」と声にならない太い溜息が漏れる。察した運転手は、ありったけの優しさで声をかけてくれた。
「Uターンしましょうね」
全然自慢じゃないが、私は親しい人々から臨時休業女王と呼ばれている。
「なぜ今日に限って?」とシャッターの前で地団駄を踏む確率は、大谷翔平の打率より高いかもしれない。
もちろんあらかじめ臨時休業を確認する努力はするのだが、この時代、お店の告知方法はさまざまなのだ。
まずは公式サイト。
だが更新されていないという落とし穴もあるためSNSも併せて見るものの、これが大変。
インスタグラム、フェイスブック、X(旧ツイッター)、さらにはグーグルマップに予約サイト。この酒場はインスタグラム、あの蕎麦店はツイッターという具合に、林立する情報網のどこに、その店の最新情報があるのかわからない。
こっちとあっちでは定休日が違うなんてこともあり、まるで地中の白トリュフを探す犬のごとき嗅ぎ分け能力が要る。
今、店主たちの、臨時休業に対する意識は変化している。
昔は体調不良や冠婚葬祭くらいだった休業理由だが、今では子どもの運動会、イベント参加、産地訪問など。
そこに透けて見えるのは、仕事と生活のバランスを取る生き方や、外とのつながりを求める在り方、生産者との信頼関係を重んじる姿勢だ。
自身が充実し成長することで、得たものを店に還元できる、もっといい店になる。
そう考える彼らは軽やかに店を飛び出し、キラキラして戻ってくる。
未来につながる素敵な臨時休業だと私も思う。
思うんだけれども、告知だけはしつこいくらいにお願いしますね。
(秋田魁新報。2024.11.9) ※写真は本文に登場するお店ではありません。