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『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』5月13日発売。

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最も混乱した、第一波

およそ1年前の2020年4月7日、一度目の緊急事態宣言が発令。翌日から私は、シェフなど飲食店の店主たちに話を訊いていく活動を始めました。

目標は毎日、結果的には平均1.6日に1人のペースで取材し、書いて、翌日すぐにnoteへアップ。「#何が正解なのかわからない」シリーズとして、宣言が解除された2日後、34人をもって終了しました。
この連載が、書籍『コロナ禍のシェフたち 道なき道をゆく三十四人の記録』となって、2021年5月13日、文藝春秋から発売されます(予約はすでに始まっています)

今、私たちはマスクにもアクリル板にも慣れてしまったけれど、1年前の、いわゆる第一波は何もかも、誰も彼もが大混乱の真っただ中でした。

WHOがパンデミックを認定したのが3月11日。その時点でも、日本政府は東京オリンピック・パラリンピック2020を「予定通り」とし、東京都は「中止はあり得ない」と発表。仕切り直し、の可能性など表明していませんでした。
「延期か中止にするべきだ」と苛立っていた国民のほうも、事態の収束には1カ月か2カ月、もしかしたら3カ月くらいかかるかもしれないから、なんて話していましたよね。

すべての人にとって、この新型コロナウイルスCOVID-19は初めての体験だったんです。だから、まさか1年後も、さらに強力になって続いているなんて想像ができなかった。

1年前はまだ、飲食店のマスクにも抵抗があった

飲食店でも、マスクをした接客なんて「ナーバス過ぎる」とか「レストランの雰囲気を損なう」という声がまだまだありました。
お客さんが日常から離れて夢見心地になる場所ですから、当然です。

善と悪も、常識と非常識も、人は自分の経験から獲得したものさしで測ります。ものさしというものは、そう簡単には替えられません。

冒頭で、私は「混乱」と表現しましたが、飲食業の当事者にとっては「崩壊」と「恐怖」です。
想像してみてください。ある日突然、
白だと思っていたものが、じつは黒だったと教えられたら?
信じていたことを、今日から変えろと言われたら?
真実のふりをした「らしきもの」が身の周りに氾濫していたら?
ものさしを失った頭の中は、ぐしゃぐしゃになりますよね。

それが、第一波でした。
それまでの「あたりまえ」に容赦なく入り込んでくるコロナ禍の「新常識」に戸惑い、揺れに揺れ、価値観が崩壊する恐怖。そこからの転換を突きつけられていた2カ月あまりです。


1日1日、刻々と世界が激変

頭の中だけでなく、世の中も混乱しました。
トイレットペーパーの買い占めが起こり、マスクが1枚数千円で売られ、それでも日本人は桜を観に行った。
2020年の東京都では、春分の日からの3連休と桜の開花が重なって、多くの人が街や公園へ出かけ、その約10日後には感染者が急増します。

1日、1日、日本も世界も激変していきました。
3月24日、東京オリンピック・パラリンピックの2021年への延期が決定。
すると25日はクルーズ船を含む国内感染者数が2000人を超え、小池都知事は「感染爆発の重大局面」として平日の自宅勤務、夜間・週末の外出自粛を要請。
27日に1日の感染者数が初の100人を超えたばかりなのに、翌28日は初の200人台
同じ日、イタリアでは死者数が1万人を超えていました。

東京の飲食店では「早くロックダウンを」「休業と補償のセットを」とジリジリしながら首相の言葉を待っていた時期です。
4月7日、もうみんな、待ちに待ったと言いたい緊急事態宣言。
しかし「ロックダウン」も「休業」も、ましてや「補償」の言葉もなく、つまりは何も変わらない。引き続き「自粛」を徹底せよ、とのリフレインでした。

この瞬間、飲食店のリーダーは、「自分で」生き延びていかなくてはいけないことを悟りました。「補償なき自主休業」か「お客の来ない営業」か、それともほかに道はあるのか
営業すれば「みんなが自粛しているのに」と非難され、休業すれば「休める余裕があっていいよね」と妬まれ、どちらを選んでもつらい状況が待っているうえ、どちらにしても利益は出ない
利益がないとは、家賃や人件費が支払えないということです。


削り取られて残る「芯」のようなもの

混沌と苦しさの中にあった、第一波。
『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』は当時の生の声をリアルタイムに拾い上げた記録ですが、そこに浮かび上がってくるのは、不思議と共通する、ある思いでした。

手にしていたものを失い、削り取られてなお最後に残る芯のようなもの。それは「何のためにこの仕事をしているのか」という自身への問い、その答です。

彼らの多くが、こう答を出しています。
「人に喜んでもらいたい。食で人を幸せにしたい」
飲食の仕事を選ぶ人たちとは、自分以外の誰かの喜びや幸せを、自分の喜びや幸せとする人たちでした。

本書では、この第一波から半年後の追加取材も加えています。
こちらは夏の第二波を乗り越えた、10月の記録です。この年末から押し寄せる第三波の影も感じながら、けれど10月時点の彼らは、顔を上げて前を向いています。見えない未来を、見えないからと言ってあきらめずに、目を凝らして見ようとしています。

あきらめないこと。それが、「つづけること」なのだろうか
私は2015年に『シェフを「つづける」ということ』(ミシマ社)を上梓しているのですが、今思えば図らずも、そこから地続きのテーマであったのかもしれません。

2021年4月現在、第4波といわれ、東京でも3度目の緊急事態宣言が発令されようとしています。
「一体いつまで我慢すればいいのか。疲れてしまって、もううんざりだ」
だけど、
「あきらめることなんてできない」
そんなふうにがんばっている人たちのために、彼ら三十四人の言葉が「力」になってくれることを願っています。


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井川直子 naoko ikawa
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