ヴァレンチノが牧神に?
31歳で死去したフィルム・スター(という言葉がぴったりきます)、ルドルフ・ヴァレンチノ。
彼が『牧神の午後』を踊る写真が残っています。
『牧神の午後』というのは「跳んだら降りてこなかった」とまで言われた天才ワツラフ・ニジンスキーが初めて振付けた作品。そんなニジンスキーが振付け出演したのに跳ばない、どころかバレエではありえなかった角ばった動き、脚の動きで踊る初演の際にはあまりの驚きに客席が静まり返った、という伝説があります。(ご承知のようにヨーロッパではすぐにブーイングが出たり反応が激しいですから、それすらできないほど衝撃的だった、というわけです)
今でもパリ・オペラ座をはじめとしたバレエ団で上演され続けています。
『シェエラザード』の「金の奴隷」を踊るニジンスキー/この作品で彼は名実共にトップスター、トップアイドルになりました。
ヴァレンチノは俳優として成功する前は「タクシー・ダンサー」と呼ばれる1曲あたりお金をもらってパートナーとして踊る仕事で生計を立てていました。ダンスとは無関係ではなかったわけですが、もちろんバレエとは関係ありません。
そんな彼がこの衣裳に身を包んで写真が残された鍵は妻にあります。
2人目の妻ナターシャ・ランボワです。
彼女は女優でもありましたが、ハリウッドで成功した美術・衣裳デザイナーでもありました。ポール・ポワレ、レオン・バクスト、オーブリー・ビアズレーに憧れる女性でした。
そんな彼女が最初は仕事のパートナーとしてヴァレンチノと踊りでツアーをし、そして妻になった後、撮られた写真です。ニジンスキーが演じた『牧神の午後』の美術・衣裳デザインは彼女のあこがれのレオン・バクストでしたし、踊ったのは天才ニジンスキー。大スターヴァレンチノが扮する衣裳として最高だと思ったでしょう。
ニジンスキーのためにデザインされたレオン・バクストによる衣裳デザイン
ヴァレンチノがバレエ界と直接関係ができるのはシャンゼリゼ劇場の劇場主であったジャック・エベルトとの出会い、そこからつながった今年100周年を迎える、バレエ・スエドワの主宰者ロルフ・ド・マレとの関係でした。
バレエに出演することはありませんでしたが、友情で結ばれました。
そんなお話しは下記に書きました。