催花雨の栞
思いの他弥兵衛門(やえもん)橋は低かった。
川下り、船頭さんの合図で頭を低くし橋の下を通り過ぎる。
水面に映る光は手の届きそうな欄干に、きらり反射して揺らいでいた。
船頭さんは櫓をゆっくり漕ぎなから福岡の詩人、北原白秋の歌を唄う。
〜 この道はいつかきた道 ああそうだよ あかしやの花が咲いてる 〜
「昔はこの川辺から花嫁さんが舟に乗って嫁いでいったとですよ」
ふいに、彼が優しく私の手を握った。
「柳川は鰻が美味しかと。何処の店も旨かけん食べて行きんしゃい」
船頭さんの言葉を受けてお店を探す。
矢庭に小雨が降ってきた。
「催花雨だ。春、花の咲くのを促すように降る雨をそう呼ぶらしいよ」
濡れてはしゃぐ二人に雨は降り注ぐ。
いずれ来る別れを知りもせず、記憶だけ残して。
久しぶりにこの街を訪れる。
川のせせらぎと緑から溢れる陽射しが懐かしい。
「美味しいね」
連れと笑顔で鰻を頬張る。
澄んだ碧空の下、私は過去の琹をそっと放した。