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実家にて〈 2日目 〉 愚痴にも負けず、怒声にも負けず

「もう夜が明けたのね」

朝5時から聞こえる母と父の会話。

久しぶりに一緒に朝を迎えて安心したのだろう。


昨夜はオムツ交換もスムーズにやれた。肉親だとお互い抵抗あるかな、と思っていたけれどいつもの職場と同じ。腰は上がるじゃん、やりやすっ!

朝からはパットに便も少々出ていて、本人曰く「こんなこと初めて!」との事。

タオルの切れ端をお湯で濡らし丁寧に拭く。思ったより抵抗なし。

介護の仕事についたのは正解だった。やはり、今の状況を昔から予想していたのだろう。知っておかなくては、助けてくれる兄妹はいないのだから。


昼にケアマネとショートステイの責任者が来てくれた。

そして穏やかな時間は一変した。


来ている間中「もう、やめてください。私は家におります。ご飯はお弁当頼むし、寝てばかりいたら立てなくなる。家で自分でリハビリしたいんです!」

トイレも一人で出来ない、一人で立ち上がる事も出来ない人が私を睨みながら怒声を言い放つ。

「昔デイサービスに行った時も娘に騙されて連れて行かれた。もう騙されん!!〇〇( 私の名前 )帰って!あんたが行って!!」

ケアマネ、ショートステイの責任者はなだめすかし機嫌を取ってくれる。納得しないまでも契約は出来た。ただ、あまりにも帰宅願望が強くて周りに悪影響及ぼす時は、契約解除もあり得ますよ、と説明された。当然だ。

病院にも帰宅願望が強くて徘徊したり、「おとおさぁぁぁん!!」と大声、しかも夜中でも叫ぶ人がいた。私達が入院させているわけじゃないのに理不尽な態度を取られて、嫌なら退院したらいいのに!なんて思っていた。

母よ、貴女もこのタイプなのね。常々そうかとは思っていたけれど。

人が感謝という感情を無くしたら野生動物みたいになる。荒れ狂う年寄りほど手に負えないものはない。手負いのイノシシみたいに命がけで暴れる(羞恥心も無くし)が怪我をさせないよう対応する結果、結局こちらが噛まれたり、殴られたり、髪を引っ張られたりetc…

説明するとわかってくれる、人間話し合えば必ず解決出来るなんて大嘘だ。一番身近な母親が一番理解できないこの事実。

人が人として最後まで無くしてはいけないもの、それはプライドとかお金とかでは無く、感謝の気持ちなのだ。そういえば母は昔からありがとうが言えない人だった。


昔デイケアに勤めていた時、利用者さんで尊敬できるおばあちゃんがいた。足腰が悪いので、家からの10ほどの階段は義理の息子さんがおんぶして送迎車まで連れて来てくれていた。その度おばあちゃんは

手を合わせて「ありがとう」といつも息子さんに笑顔で頭を下げる。

デイケアではバーを使って歩く練習をされていた。「いち、に、さん、よん・・・」と14まで数えて折り返し、また14数えて戻ってくる。おぼつかない足取りがきつそうなので休みますか?と声をかけると「大丈夫です。頑張りたいんです」と歯を喰いしばって進んでいく。

送迎途中のガタガタ道、跳ねて腰が痛くないか聞くと「痛くないです」といつも言われる。顔は必死で痛みを堪えている表情なのに決して泣き言を言われない。

名もない普通のおばあちゃん。最後はショートステイでお亡くなりになったと聞いた。家でも不平不満を言わず娘さん義理の息子さんにすごく愛されていた。良い母でした、と。


来週母はショートステイのお迎えに泣き叫びながら抵抗するだろう。白内障で入れた冷たく光るレンズ越しに私を睨みつけ罵声をあげながら。

それでも私は胸を張る。やれるだけやっている自分の心と身体にありがとうと言ってやりたい。

愚痴にも負けず怒声にも負けず仕事にも介護にも負けない丈夫な身体を持ち・・・

何も出来なくなっても笑顔だけは忘れない、そういうものに私はなりたい。






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