実家にて 〈 4日目 〉 食事と自由

朝5時半のアラームで目を覚ます。久しぶりの早起き。空は明るい。

仕事に行く準備をし、出かける直前に母のトイレ介助をする。紙パンツに吸水パットを2枚重ね、お昼過ぎに1枚引き抜くように伝える。それだと、夕方までポータブルトイレに行かずとも漏れにくいから。

今日は入浴介助の日。蒸し暑い浴室でマスクして、熱中症になりそうだ。  

時間はあっという間に過ぎてお昼の準備。ひとりひとりテーブルまで温かいご飯を運ぶ。ご飯、汁物、主菜、副菜、たまにヨーグルトとかプリンなども付く。

今日の両親の朝ご飯はサンドイッチに栄養ドリンク( 明治メイバランス )。昼は宅配のお弁当おかずのみと、ご飯。どちらも・・・冷たい。

患者さんは「もう食べきれない」と言いながらも、美味しいものはせっせと口に入れている。もちろん上げ膳据え膳だ。

家ではきっと90歳の父が母の分まで運んでくれているのだろう。自由ではある。何にも縛られずふたりの時間軸で過ごせるのだから。でも、本当にそれでいいのか?

帰ってきたら、母がすまなそうにしている。パットに便を少し出してしまったのだ。朝からトイレで済ませたのだけど、残りがあったのだろう。

少し汚れたパイルシーツは父のヘルパーさんがご好意で替えてくれた。紙パンツは母が自分で着替えたらしい。そんなにひどくなく、お尻ふきで綺麗にしていたが、着替えと清拭、手をハンドソープで洗って夕ご飯にする。

オムツ交換は得意分野だから何ともない。ただ、ご飯を作るのは出来ない。勿論家ではお弁当から夕飯まで作っていた。主婦だし。でも、決して好きではなかった。何故だか、どうしても実家ではやりたくないのだ。

父が食べない事も原因のひとつ。主にご飯の友のらっきょやたくあん、田舎味噌などで間に合うのだ。病院から1日1本のエンシェアという栄養補助ドリンクを処方されていて、案外そんな食生活でも生きていける。

母は割と食べるのでそうはいかない。でも、お惣菜やサンドイッチで済ませてもらう。介護でやりたくない事は無理にしない、それが私の流儀。だって先は長い。段々してあげる熱量がダダ下がりになるのもいかがなものか?( 期待水準は低い方がいいんです! )


母が施設を拒否するひとつに費用の面がある。父の蓄えを自分が使うのに申し訳ない気持ちがあるようだ。「 私だけ( 居心地がいい所へ )行っていいの?お金はあるの?」

母は不便な自由が本当にいいのだろうか?トイレも、ふうふうやって行かせられる( 私に )今の生活と、上げ膳据え膳トイレも何にも問題無いよ!という施設の暮らし。歳を取ると自分の事で精一杯になるから、もしかして父との生活よりも、身体が楽な施設を望むことになるかもしれない。

人はひとりで生まれひとりで死ぬのだもの。

母の週2泊が家、残り5泊が施設という生活はこれからどうなっていくのか、まだ想像もつかない私である。


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