【Opera】キハラ良尚&モーツァルト・シンガーズ・ジャパン『魔法の笛』
第25回(平成26年度)五島記念文化賞オペラ新人賞を受賞した指揮者のキハラ良尚の研修成果発表会は、かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホールで行われた。演目は、モーツァルトの『魔笛』を「より分かりやすく、より楽しく、より美しく」した演奏会形式の『魔法の笛』。出演はモーツァルト・シンガーズ・ジャパンのメンバー、オーケストラは東京交響楽団オペラアンサンブル。残念ながら当初予定されていたシンフォニーヒルズ少年少女合唱団の出演はコロナ禍により取りやめとなった。全体の構成はバリトンの宮本益光が行い、いくつかの場面をカットした上、セリフ部分もほぼカットし、その代わり俳優の長谷川初範がナレーションで物語の進行を担当した。衣裳はパパゲーノとパパゲーナ以外はコンサート用の通常のもので、動きや演技はつけられている。
カット部分があるとはいってもモーツァルトの音楽の「いいところ」はきちんと残されていて、音楽的な不満はほとんどない。むしろオーケストラや歌の充実度がより強く感じられて、満足度はかなり高かったくらいだ。セットや衣裳がなくても『魔笛』の世界観がきちんと伝わってきたのは、もちろん、出演した歌手陣が粒揃いだったことも大きい。パパゲーノの宮本益光のほか、タミーノ望月哲也、夜の女王の針生美智子、パパゲーナの鵜木絵里などの中心メンバーはそれぞれの役の日本におけるエキスパートといっていい面々だし、今回3人の侍女を歌った増田のり子、小泉詠子、中島郁子は文字通りの実力派。こうしたメンバーが揃っていて演奏が悪いわけがない。また、パミーナの文屋小百合は豊かな表現力で、以前より一層の成長を感じさせたし、モノスタトスを歌った俊英・伊藤達人の美声と達者な演技も印象に残った。
「より分かりやすく、より楽しく、より美しく」するための工夫は他にもあった。タミーノが笛を吹く場面では「魔法の笛」役としてフルート奏者の上野由恵が登場し、舞台上でフルートを吹く。これは演奏会形式として舞台上で音楽のバランスを取る上で非常に効果的だったと思う。ちなみに上野は各幕の最初にも登場してソロでオペラの中のメロディを演奏することで『魔笛』の世界へ観客を誘う役も果たしていた。また、パパゲーノが鳴らす「魔法の鈴」はダンサーの作本美月が演じた。普段はうなだれた格好でパパゲーノに付き従っているだけだが、いざ「魔法の鈴」が鳴らされる場面になるとグロッケンシュピールの音に合わせて踊りだす。そのダンスが可愛くて楽しくて、こんな風に鈴の魔法を視覚化してくれたのは初めて見たが、とても惹きつけられた。
さて、肝心のキハラ良尚だが、実にいきいきとした、楽しくて美しい『魔笛』を聴かせてくれた。キハラは、東京藝大附属高校ピアノ科在籍中に小澤征爾に師事し、高校卒業後に渡欧し、コレペティトゥアと指揮の勉強をしたという経歴の持ち主。五島記念新人賞を受賞後は、グラーツでコレペティの、ベルリンで指揮の研鑽を積んでいる。やはりコレペティとしての経験が、歌手との息のあった音楽づくりに繋がっているのだろう。今後のオペラ指揮者としての活躍が大いに期待されるひとりといえる。
コロナ禍の中からようやく、オペラ界も動き始めた。まだまだ通常通りの上演は叶わないが、作り手も受け手も共に困難を乗り越えて音楽を愛し続けていこうという気概のようなものが、今回の公演からも感じることができた。様々な立場でオペラ公演を行なっている人たちに、改めて感謝を捧げつつ、次に観られる舞台を楽しみにしたい。
2020年9月5日、かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール。