【Opera】日本オペラ協会『静と義経』
日本オペラ協会が創立60周年記念公演として、なかにし礼作・台本、三木稔作曲のオペラ《静と義経》を上演。この作品は、1993年に鎌倉芸術館の開館記念委嘱作品として作られ、なかにし礼の演出で初演されたもので、実に26年ぶりの再演となった。
源義経と静御前の悲劇的な最後を描いた物語は、歌舞伎や文楽などに親しんでいる人であれば「おなじみ」なのだろうが、ごくフツウの若い人たちにとっては「ヨシツネ…教科書で習った…かなあ」ぐらいの認知度であろうことは想像に難くない。つまり、この物語を「楽しむ」ことができる人は、ある程度の年配で、かつその手の文芸や歴史にリテラシーの高い人たち、といえる。だから、ひとつ間違えばこのオペラは「ある一定の年齢より上の、かつ文化的素養の高い人たちの間でしか通用しないペダンティックなもの」に陥る危険性があった。それがまったくそうはならなかったのは、なかにし礼の台本と三木稔の音楽との「結びつきかた」が見事だったからに他ならない。作詞家として数々のヒット曲を飛ばし、また作家としても直木賞受賞作をはじめ多くの作品を発表し続けているなかにしの、「言葉」に対するセンス。それは、ただ言葉が美しいとかそういうことではなく、この現代社会において「言葉」というものがどんな人にどんな力を持ちうるのか(あるいは持ち得ないのか)までわかった上での言葉選びの鋭さである。そして、なかにしが紡いだ「言葉」に三木が選んだ「音楽」が、過度に前衛的になることなく、実にわかりやすく力強い。特に、通常のオーケストラに、箏と鼓、さらに3人の打楽器奏者が奏でる様々な打楽器が加わることで、西洋的な響きから和楽器の響き、さらに大陸的な響きと多彩な響きが繰り広げられるところが、他の日本のオペラにない特徴となっている。「現代的なのに聴きやすい」「わかりやすいのに格調高い」という、相反する二つの要素を見事に兼ね備えていたからこそ、『静と義経』が「オペラ」というエンタテインメントのもつ魅力を存分に発揮した作品になったのだと思う。
無論、上演の成功は作品だけでなく、パフォーマンスのクオリティの高さがあったからこそ、である。静の沢崎恵美は、幅広い音域と高音域での難度の高いメリスマを見事に歌いこなした。義経の中鉢聡は、舞台に登場するだけで人を惹きつけるオーラの持ち主だが、今回もその表現力を存分に発揮して悲劇のヒーローを演じきった。ソリストだけで16役、助演、合唱を加えると総勢60名を超える出演者は、それぞれに役の個性を把握し、誰一人として「なぜそこはそうなるの?」と疑問を感じさせることのない演技だった。衣裳はすべて和装で、着物の捌き方だけでも慣れないと一苦労だろうが、そこは長年日本オペラを上演してきている日本オペラ協会のメンバーたち、一切不安はなかった。
特殊奏法も含まれ、また拍節感も場面ごとに伸び縮みする複雑なスコアを読み解き、歌手との間合いを見事に合わせて全曲を振り切った指揮の田中祐子も素晴らしかった。私はGPから観る機会があったが、監修のなかにし礼の細かい指示にも的確に応え、最終的にあのゴージャスな響きの音楽を作り上げたのは本当に賞賛に値する。これからもどんどんオペラの指揮を手がけてほしい。
おそらく登場人物の多さや美術面での要求など、いくつかの要求から26年も再演が叶わなかったわけだが、今回の再演は、初演時に静の母である磯の禅師を歌った現・日本オペラ協会総監督の郡愛子の熱意が実った形だ。オペラの舞台ではあまり取り沙汰されないが、こうしたプロデューサーの力量も成功に大いに関係しているのだなと改めて感じた。「日本オペラ」の代表作として、今後のさらなる上演の機会を楽しみにしたい。
2019年3月3日、新宿文化センター。
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