【Opera/Cinema】英国ロイヤル・オペラ・ハウス『魔笛』
英国ロイヤル・オペラハウスの人気公演(オペラ、バレエ)を映画館で観られる「シネマシーズン」が今年も、東宝東和株式会社配給、 TOHOシシネマズ系列の全国の映画館でスタートする。オープニングはモーツァルトの『魔笛』で、2003年にデイヴィッド・マクヴィカー演出で行われたプロダクション。そのマスコミ試写を観てきた。
カメラワークがアップが多いのでなかなか舞台の全体像がつかみにくいのだが、装置はシンプルで照明で雰囲気をつくりだしていく。『魔笛』というと幻想の世界が舞台のメルヘンというのが定番だが、マクヴィカー演出はどこかにある都市の街角が舞台のようだ。といっても現代の街ではない。タミーノやパミーナ、ザラストロ一派の衣裳はモーツァルトが生きた18世紀風。一方、モノスタトスは「アダムス・ファミリー」のような衣裳と化粧(しかも爪が長く尖っていていかにも悪魔風)で、夜の女王たちはウィッグがどこか未来的。そして照明の効果だろうが、全体的にはゴシック風のムードも漂う。というように時代は特定しにくいのだが、それなのに「おとぎ話風」の色合いは薄く、むしろとてもリアリティの感じられる舞台空間になっている。
この「リアリティ」は、出演者の歌と演技双方の表現力が素晴らしく豊かだったからこそ生まれたものでもある。『魔笛』の登場人物はみんなファンタジーの世界の住人だが、特にパミーナとタミーノのカップルはあまりに浮世離れしていて共感が持てないことが多い(小さなロケット程度の大きさの肖像画を見ただけで命をかけてパミーナを助けに行こうとするタミーノも、そしてそんなタミーノを一目見てすっかり惚れ込んでしまうパミーナも、あまりにも「おとぎ話の王子様とお姫様然としていて…)。しかし今回タミーノを歌ったマウロ・ペーターは、「女性を救う」というヒロイックな情熱が上滑りすることなく身についていて、とても「人間らしい王子様」になっていた。パミーナのシボーン・スタッグは、往年のハリウッド女優のような容姿で、これはタミーノもモノスタトスも(もしかしたらザラストロも?)参ってしまうのは仕方ないと思わせる。もちろん容姿だけではない。その歌からは自分の意志でタミーノと運命を共にするパミーナの「強さ」が十分に感じられた。
今回、特に注目すべきは助演の俳優陣の使い方だ。『魔笛』で一番嘘くさい(!)火と水の試練のシーン、彼らのもがき苦しむ演技が、そこが「火の中」「水の中」である、ということを見事に描き出す。そして、そんな彼らの前でパミーナとタミーノは中央に凛と立っていることで、勇気を持って試練に立ち向かっていくという力を感じた。これまで観た『魔笛』の中で、このシーンがこれほど説得力を持って迫ってきたことはなかったほどである。
歌手は総じて非常に力のある人たちが揃っていた印象。中でも特に素晴らしかったのは夜の女王のサビーヌ・ドゥヴィエル。有名なアリア「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」で、あれほど素晴らしいピアニッシモのコロラトゥーラを聴いたのは初めてだった。
『魔笛』はよく「大人も子どもも楽しめるオペラ」といわれるが、このプロダクションこそ、正真正銘「大人も子どもも楽しめる」と言っていい。もしまだ『魔笛』を、いやオペラを観たことがないという方がいたら、まずはこれを観にいくことをオススメする。何と言っても映画館でコーラを飲み、ポップコーンを食べながら「芸術鑑賞」できてしまうのだから。親子で、友達同士で、そしてもちろんひとりでも存分に楽しめる「映画で観るオペラ」である。
11/10より全国の映画館で上映開始。詳細は公式サイトから。