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【Opera】東京春祭 for Kids 子どものためのワーグナー『さまよえるオランダ人』

 小学生の息子と息子の友だちを連れて、東京・春・音楽祭の子どものためのワーグナー『さまよえるオランダ人』を観に行った。場所は劇場ではない。大手町の三井住友銀行東館1階につくられた、特設の舞台。客席は小劇場の階段のようなものが設置されていて、そこにぎゅうぎゅう詰めて座る。1時間という(オペラにしては)短い時間だったが、「ちょっとお尻が痛くなっちゃった」と子どもらは言っていた(親は腰にきた)。

 舞台と客席の間はとても近い。あんなに近くで歌手が演じるのを観ることは、ふつうはできない。正面にゼンタとマリーが住む部屋、左側にはダーラントの船の甲板とオランダ人の幽霊船。そして右側に東京春祭特別オーケストラが配置。ハープにたくさんペダルがあって、演奏中忙しく足を動かしているのを間近でみることも、やっぱり今回ならではのお楽しみだ。子どもらは声の迫力と、オーケストラの楽器の動きに耳と目を奪われたという。

 この公演は、バイロイト音楽祭の音楽監督カタリーナ・ワーグナーが2009年にスタートさせた「子どものためのワーグナー」を日本に持ってきた、という立て付けである。元になっているのはバイロイトで2016年に上演されたもの。ちなみに、バイロイトの「子どもためのワーグナー」が国外で上演されるのは、これが初めてのことだそうだ。東京春祭は長年子どものための企画を続けているが、今回のオペラはそんな東京春祭だからこそできた、東京春祭ならではの試みだったと思う。会場にはたくさんの親子が来ていて、我が子よりずっと小さい子どもたちもたくさんいたが、みんな一心不乱に舞台を観ていた。その光景が生まれただけでもこの企画は大成功だろう。

 「読み替え」演出の旗手であるカタリーナ・ワーグナーが手がける舞台なので、子ども向けでも手抜かりはない。ゼンタはオランダ人の物語を描いたDVDを見耽り、よくショップの店頭に置かれている等身大のオランダ人ポップ(羽が生えてる!)を抱きしめながら「バラード」を歌う。マリーは高そうなロードバイクを乗り回していて、糸車の代わりに自転車のタイヤを回して修理する。ダーラントは漁船の船長で魚を持って帰ってくる。エリックのリュックには木?野菜?っぽいものが詰め込まれていて農民ぽくも見える。いずれの「読み替え」も、『さまよえるオランダ人』というオペラを知らなくても、また様々な伝説や文学に親しむ前の世代の子どもたちにもキャラクターの特徴がわかるようになっていた。しかも、装置や小道具、衣裳は極めてシンプルで、かつ安っぽく見えない。「子ども向け」というと、とかくファンシーな要素を散りばめがちだが、そういうことが一切ない。とてもセンスがいいのだ。

 歌手は皆、ワーグナーに実績のある実力者揃い。友清崇のオランダ人はとてもイケメンで、ゼンタが好きになるのも無理はない感じ。田崎尚美演じるゼンタは、ジャニーズや2.5次元俳優に恋する「ガチ勢」ファンのよう。金に目がないオッサン船長であるところのダーラントを実はイケメンの斉木健詞が見事に演じる。バイロイト音楽祭出演経験のあるマリーの金子美香、エリックの高橋淳と舵手の菅野敦の二人のテノール勢も含め、全員が本気度の高い歌唱で存分に「ワーグナーの音楽」を聴かせてくれた。その「本物感」はバッチリ子どもたちにも伝わっていた。ちなみに歌唱はドイツ語。字幕が出ない代わりに、歌の間に日本語のセリフが挟まれる。小さい子どもたちにとっては字幕を読むのも難しいだろうから、ストーリーを理解するための一つの方法だろう。一方でどうしても「言葉のわからなさ」は残るわけで、個人的には日本語歌唱にしてしまってもよかったのでは、とも思う。もちろん、オペラにおける音楽とは言葉そのものであるし、特にワーグナーにおいてはその結びつきの作用は強い。作曲家の曾孫であるカタリーナにとって、言葉を変えることは作品を変えるのと同じような意味なのだろうし、だから訳詞という選択肢はなかったのだろう。それでも、誰か優秀な翻訳者によってワーグナーの音楽を見事な日本語に置き換えてくれたなら、子どもたちも(そして大人も)さらに楽しめたのではないかな。どうだろう。

 息子はそれほどオペラを観ているわけではないが、『オランダ人』の予習をしていったので、1時間のダイジェスト版が少し物足りなかったようだ。「やっぱりちゃんとしたのを観たい」と言っていた。これは次世代のワグネリアン誕生の予感……なのか?母はまったくワグネリアンではないのだけれど。そうなったら、今回の公演主催者にお礼と抗議をしに行こう(笑)

2019年3月23日、三井住友銀行東館・ライジングスクエア1階、アース・ガーデン。

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室田尚子
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