ロッシーニの「歌」を堪能〜【Opra】新国立劇場『チェネレントラ』
新国立劇場2021/22シーズンはロッシーニの傑作『チェネレントラ』で幕を空けた。ベルカント・オペラがシーズンオープニングに選ばれるのは珍しいが、これは大野和士芸術監督のベルカントを取り上げていくという方針に沿ったものだろう。コロナ禍で指揮者こそ変更となったが、主要キャストにはロッシーニ巧者が揃い、質の高い公演となった。
上演前から話題となっていたタイトルロール(チェネレントラは「灰かぶり」という意味のあだ名で名前はアンジェリーナ)の脇園彩は、ロッシーニ歌いとしてヨーロッパで活躍し、もちろんこの役もミラノ・スカラ座をはじめ何度も歌ってきている。「芸術家としてのスタートでありゴールである作品」と語るほど『チェネレントラ』を大切なレパートリーにしている脇園。それは彼女自身のキャラクターにアンジェリーナが重なる部分もあるからだろう。童話やディズニー映画のシンデレラは、魔法使いという「他者」によって変身という力を与えられて幸せをつかむが、ロッシーニのチェネレントラは他者の介在なく自らの力で愛をつかみとる(シンデレラが魔法のタイムリミットのためにハプニング的に落としたガラスの靴で自身を証明するのに対して、アンジェリーナは自分から王子に腕輪を渡して「私を探して」というのは象徴的だ)。つまりアンジェリーナは自分の足で歩こうとする自立した大人の女性なのだ。だからアンジェリーナはうじうじしない。継父や姉たちにいじめられても自分を哀れんだりせず、むしろ笑顔で対抗していく。そんなポジティブで溌剌としたアンジェリーナを、脇園はイキイキと生きた。歌唱も本当に無理がなく滑らかで、もともと厚みよりは柔らかさが武器の声だが、なめらかなビロードのような音質でコロラトゥーラも実にしなやか。これまでに新国立劇場では『ドン・ジョヴァンニ』のドンナ・エルヴィーラ、『セビリアの理髪師』のロジーナ、『フィガロの結婚』のケルビーノと歌ってきた脇園だが、このアンジェリーナがいちばんあっているように感じられた。
ドン・ラミーロのルネ・バルベラは、安定感のある高音がホールを突き抜けるよう。本当に輝かしく心を奪われる。ドン・マニフィコのアレッサンドロ・コルベッリはロッシーニのバッソ・ブッフォとはこういうものだ、という見事な歌唱と演技(ところで、こういう歌手が日本で育つにはどうしたらいいのだろう)。とにかくこの3人のパフォーマンスが突き抜けて素晴らしく、聴きごたえという点で申し分のない公演だった。
一方で、粟國淳の演出には個人的には疑問が残った。舞台をイタリアの映画製作所に移し、アリドーロはフェリーニを思わせる映画監督、ラミーロは映画会社の御曹司という設定。会社を継ぐために結婚しなければならないラミーロのために、新作映画『シンデレラ』のオーディションを行って同時に花嫁も探してしまおうという筋立てなのだが、問題はどのシーンが映画の場面で、どのシーンが舞台裏なのか、ということがよくわからないこと。オーディションなので舞台上にカメラや様々なスタッフが登場するのだが、その動きに目を奪われているうちに、一体今何が行われているんだ、と頭の中が混乱してしまった。装置や衣裳はセンスがよく洒落ていて、おそらく1シーン1シーンを切り取ってスチール写真にしたらとても印象的なものが出来上がるのだろうが、流れていく舞台としては情報量が多すぎ、かつそれぞれの意味づけが不明瞭で疲れてしまう。本当に歌が素晴らしいので、余計なことはせず「普通に」みせてほしい、と思った。
指揮は城谷正博。ワーグナーを得意とする人だが、新国立劇場の音楽スタッフとしてほとんどの公演に関わってきただけに、こうしたアクの強い演出に対応する技術は十分。東京フィルハーモニー交響楽団をきちんと統率して豊かな響きを引き出したが、ロッシーニ特有のリズム感や軽やかさがあまり感じられなかったのが残念。新国立劇場合唱団は、歌だけでなく演技やダンスもかなりあって、十分に魅せてくれた。
2021年10月1日、新国立劇場オペラパレス。