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【Opera/Movie】ウィーン国立歌劇場『椿姫』(OTTAVA.TV)

インターネットラジオのOTTAVAが動画配信サービス「OTTAVA.TV」を開局。9月7日に開幕したウィーン国立歌劇場の2019/20シーズンの中から、48公演をライヴ配信することになっている。世界を代表するウィーン国立歌劇場の公演を、自宅に居ながらにしてリアルタイムで観ることができるとは、本当にいい時代になったものだと思う。子育て中だったり、介護があったり、色々な事情でなかなか本場の劇場に行けない人にとっては本当に嬉しい。早速その第1弾、シーズン・オープニングであるヴェルディの『椿姫』を視聴した。

ジャン=フランソワ・シヴァディエ演出によるこのプロダクションは、もともと2011年のエクサンプロヴァンス音楽祭で、ナタリー・デセイがヴィオレッタを歌って大評判となったもの。ちなみに、この時のメイキングが「椿姫ができるまで」という映画になっている。映画を観るとよくわかるのだが、俳優でもあるシヴァティエは、デセイをはじめとする歌手たちに実に細かく演技をつけている。この名作中の名作に新鮮な驚きとリアルな感激をもたらしたのは、シヴァディエの繊細で妥協のない演出と、それによく応えた歌手陣、特にデセイの類稀な「歌う女優」としての能力があったからこそだろう。

それだけに、キャストを替えての上演は大きなチャレンジだったろうと想像される。今回のウィーンでは、ヴィオレッタに現在飛ぶ鳥を落とす勢いのイリーナ・ルング、アルフレードにエクスでも同役を歌ったチャールズ・カストロノヴォ、ジェルモンにベテラン、トマス・ハンプソンが配されていたが、直前でイリーナ・ルングがキャンセルとなり、ロシアのソプラノ、エカテリーナ・シウリーナが代役に立った(ちなみにシウリーナはカストロノヴォの妻)。指揮は注目のイタリア人指揮者、ジャンパオロ・ビサンティ。

舞台は、上下するいくつかのシャンデリア、光や草花が描かれたスクリーンの他は椅子とテーブルぐらいしかなく、例えば第1幕は豪華な邸宅での夜会というよりは、都会のバーでの大人のパーティといった趣。ただし衣裳はとてもハイセンスで、ヴィオレッタのドレスもトップが黒いビロードでスカート部分が紺なのだが、動くたびに濃いピンクの裏地が見え隠れするのが、とてもオシャレ。おそらく1940〜50年代ぐらいの設定で、ヴィオレッタたちは舞台俳優なのではないだろうか(これはそう見えた、というだけなので違っているかもしれない)。シンプルでありながらセンスの良い舞台で、上述したように演劇的にドラマが展開していくのだが、シウリーナはかなりグラマラスな体型の上メイクもきつめで、なんだかヴィオレッタというよりカルメンみたいだった。彼女の演技がまずかったというわけでは決してないのだが、もともとこのプロダクションは「ナタリー・デセイありき」のようなものなので、どうしても比べると点が下がる。ただ、歌唱の点では、奥行きのあるパワフルな美声で緊張感を保ったままラストまで歌い切り、代役というハンデをものともしないできばえだったことは強調しておきたい。

アルフレードのカストロノーヴォは、甘いマスクのイケメンで、そのヴィジュアルにふさわしい甘く柔らかな声の持ち主。ヴィオレッタを愛し、愛した故に傷つけ、自分も傷き、最後には愛を失ってしまうというアルフレードの心情が切なくて悲しくて、思わず涙がこぼれてしまった。これまで『椿姫』でアルフレードにこれほど感情移入したことはなかった。ハンプソンのジェルモンも、細やかな演技が素晴らしい。最初はいかにもの嫌なオヤジなのだが、次第にヴィオレッタの心情を理解するようになると、自分の思いとヴィオレッタへの同情で心が揺れていく。「プロヴァンスの海と陸」では思いが届かない息子の姿に胸を痛め、ヴィオレッタに暴行すると怒って平手打ちを食らわす。とても人間味に溢れたジェルモンで、実際ジェルモンの心の動きがこれほど刺さるというのも、今まで観た『椿姫』ではあまりなかったことだ。

何百年も前に書かれたオペラが現代においても説得力を持つのは、それが人間の真実を描いているからに他ならないが、その「真実」を突きつけることができるのは、常に人の心とはどんなものなのか、人はどのように生きるのか、ということを問い続ける姿勢があればこそ。ヴィオレッタの生を、アルフレードの愛を、ジェルモンの情をこれほどリアルに描き出してみせたシヴァディエという人は、おそらくそうした姿勢を失わない人なのだろう。そして、それがウィーン国立歌劇場という伝統と歴史の舞台で演じられたことにも、大きな意味があるのではないだろうか。

OTTAVA.TV」は、1公演毎のシングル・チケット(1650円)のほか、月額プラン(3600円/月)やチケット・ブック(好きな10公演を選んで11000円え視聴)が用意されている。今月は順に、ダニエレ・アバド演出のヴェルディ『ドン・カルロ』、ソプラノのオルガ・ペレチャッコが4役を歌うオッフェンバック『ホフマン物語』、同じくダニエレ・アバド演出のヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』の3本を配信予定。次回『ドン・カルロ』は、日本時間9月13日(金)1:30〜。


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