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小説家としての真の姿がここにールシア・ベルリン作品集『すべての月、すべての年』書評

第三回翻訳者のための書評講座に参加しました。
前回、講師の豊崎由美さんから短くまとめることの難しさと大切さを教えていただいたので、今回は文字数をスペースを含めて800字に制限して書いてみました。字数が限られているため一編に絞り込んで書いてしまったのでしが、19編作品があるのだからどんな形でもいいから2,3編に触れておくべきとご指摘いただき、書き直してみました。
読んでいただけると嬉しいです。


十代の少女が出産し、赤ちゃんの世話がうまくできずに死なせてしまう。そうしたニュースにあなたは何を思うだろう。少女を責めることはないだろうか。私にはあった。「ミヒート」を読むまでは。
「ミヒート」は、ルシア・ベルリンの作品集『すべての月、すべての年』の中の一編だ。17歳で妊娠したアメリアは恋人を追ってメキシコからアメリカに渡り結婚するが、夫は刑務所に入り、出産させてもらった親類にはそれ以上頼れず、泣き続ける赤ちゃんを抱いて診療所を訪れる。
アメリアに心情を語らせれば悲しみは十分に伝わる。だがベルリンは、看護婦というもう一人の語り手を置いて物語に厚みを持たせた。移民の多い地域の診療所では日々多様な人に多様な治療が行われる。そんな診療所の看護婦にとってアメリアは、幼いまま出産した、よくいる患者だ。客観的な視点が入ることで読者はアメリアの悲しみだけでなく、助けようとして助けられなかった側の辛さも痛感することになる。
 ベルリンは結婚と離婚を3回して4人の息子を一人で育て、掃除婦から大学教師までの様々な職に就き、アルコール中毒で苦しんだ。ケアする側とされる側の両方をここまで切実に描けるのは、波乱万丈な人生の中で多くの経験を重ね、多くの人を見てきたからだろう。
本書に収められているのは、底本”A Manual for Cleaning Woman”から2019年刊行の『掃除婦のための手引書』に入らなかった19編だ。著者らしさが鮮明な『掃除婦~』より少し落ち着いた印象を受けるが、個性が際立ち過ぎないからこそ、かえって小説家としての真価を実感できるのではないだろうか。一人リゾートを訪れた女性の孤独が読み手に刺さる表題作、姉妹間の感情の機微を描いた「哀しみ」、他者の言葉で一人の女性の魅力を浮きあがらせる「メリーナ」など、心に訴えかけてくる作品ばかりだ。ルシア・ベルリンおそるべし、である。
(スペース含め798文字)
(想定媒体:クーリエジャポン)

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