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むかしばなし雑記#09 「鶴の恩返しー巡る思い、恩返しに見た夢ー」

はじめに

こんばんは、ちょっと箸休め、くらいのつもりで書いてきた昔話シリーズでしたが、気づけば2ヶ月。いつもお付き合いいただいている皆さま、ありがとうございます。

今回ご紹介するのは、定番ともいえるむかしばなしの一つ、「鶴の恩返し」です。小学生の頃、音楽の教科書載っていた童謡がとても印象的で、ずっと歌っていたな、と探すのですが、なかなか歌詞が見つからない。しばらく探して、動画サイトでようやく見つけました!

短いながらもいい歌詞と、物寂しい雰囲気のある曲。久しぶりに聴きましたが、やっぱりすてきな歌だな、とあらためて思いました。

つるのおん返し 平井多美子作詞・橋本祥路作曲

「雪がふりつづいたある日
一羽のつるがわなにかかって苦しんでおった」

昔まずしい村の人
つるを助けてあげました
羽をひろげて鳴くつるは
遠くの山へと消えました

「その夜のこと 戸をたたく音で目を覚ました
じい様が開けてみると、そこに一人のむすめが立っておった。
助けてもらったつるが、むすめにすがたを変えて
たずねて来たのじゃった。」

やさしい人へのおん返し
つるはむすめになりました
はたをおりますトンカラリ
朝もはよから日暮れまで

「むすめは大変よく働いたが
はたをおるすがたは決して誰にも見せなかったと。」

しあわせつづいたある朝に
つるははたおりのぞかれて
そーっと消えます空の果て
昔 昔の話です

「間庭小枝の日本の歌辞典」「つるのお返し」概要欄より

素敵な曲なので、よかったら皆さんもぜひ聴いてみてください。それでは、本編に入りましょう。

「鶴の恩返し」

以下に永岡書店「鶴の恩返し」に一部省略・表現変更を加えて書き起こしたストーリーを掲載します。

昔、ある村に、貧しいけれど働き者の若者がいました。雪の降る日の夕方、若者が山からおりてくると、一羽のつるがわなにかかってもがいておりました。若者はわなをはずし、つるの手当てをしてやりました。「さあ、これで大丈夫。気をつけておかえり。」若者がつるを放すと、つるは嬉しそうに鳴きながら山の向こうへ飛び去っていきました。

何日か過ぎた夜。わが家の戸を叩く音に若者が表へ出ると、若い娘が立っていました。「道に迷ってしまって…。どうか一晩泊めてください。」娘は親をなくし、会ったことのない町の知り合いを訪ねるところだといいます。ところが次の日も、その次の日も大雪で、とても出かけられません。娘は少ない食べ物で上手に料理を作り、掃除や縫物をして過ごしました。やっと雪がやみ、明るいお日さまが顔を出しました。「どうか私を、ずっとここにおいてください。」こうして娘は、若者と暮らし始めました。

ある日、娘は若者に頼みました。「布を織りたいので、はた織り小屋を作ってください。」若者は家の裏に小屋を建ててあげました。「布を織り上げるまでは、けっして覗かないでくださいね。」そういうと娘は、若者が町で買ってきた糸を手に、小屋に入りました。三日目の夜。娘は織り上がった布を若者に差し出しました。それは真っ白で、大変美しい布でした。若者がその布をもって町へ行くとたちまち人だかりができ、高い値がつきました。布を売ったお金で娘に頼まれた糸や娘へのお土産を買い、若者が家に帰ると、娘は再びはた織り小屋にこもりました。

次に織り上がった布は殿様がたかく買ってくれました。たくさんの小判を手にした若者は、どうやって布を織っているのか気になり始めました。はたを織りあげるごとに、娘はひどく痩せていくようにも思われました。若者がもっとはたを織ってほしいと頼むと、「これが最後です。でもけっして覗いてはなりませんよ。」娘はそういって、はた織り小屋に入りました。布を織る音が弱々しく響きます。若者は約束を忘れて小屋をのぞきました。そこに娘の姿はなく、一羽のつるが白い羽を抜いて、布を織っていたのです。


「私はいつか助けていただいたつるです。ご恩返しをしたくてやってきたのです。でもつるの姿を見られては、もうお別れしなければ…。」「許してくれ、どうかいつまでもここにいてくれ!」必死で止める若者を振り切ると、娘の姿はつるに変わり、夜明けの空に舞い上がっていきました。若者は夢中で追いかけましたが、つるの姿はみるみる小さくなり、やがて山の向こうに見えなくなりました。

永岡書店「鶴の恩返し」に一部省略・表現変更を加えて書き起こしました。

「見るなのタブー」は別れの合図

助けてもらったつるは、人の姿に身を変えて心優しき村人のもとへと戻ってきます。

「そしてそのまま幸せに暮らしましたとさ」

そう続いたら、どれほど救いのある物語なのか。でも、そうは問屋が卸さない。つるは恩を返そうとわが身を削って機を織ることにし、村人に、「決して見てはいけません」と告げて機織り部屋に入るのでした。

何度か書いていますが、「見るなの禁忌」って残酷なんですよね。古くは日本神話のイザナギとイザナミ、昔話にはウグイス女房に雪女、私の好きな浦島太郎の玉手箱だって似たようなものです。

気にしてしまうのは、相手を大切に思っているから。そして、とうとう、見てはならないと言われていたのに、襖に、障子に、あるいは箱に、手をかけてしまうんです。

さて、今さらりと書きましたが、「浦島太郎」と「鶴の恩返し」はストーリー上よく似たところがあります。

「心やさしい若者が動物を助ける。動物は女性の姿になって若者に恩返し。ところが“見てはならない”という約束を若者が破ったがため、二人は永遠に別れることとなる。」

ちなみに、わが家にあった絵本では主人公が若い男の人でしたが、調べてみると「鶴の恩返し」における定番の主人公は「老夫婦」であるようです。日本各地でこの類話が確認されており、なかには若い男を主人公とする「鶴女房型」と言われる話がいくつか残されている模様。そして、ここからはよく知られていると思うのですが、のちに木下順二氏が「鶴女房」を題材に戯曲「夕鶴」を書きます。こうして男とつるの悲恋もまた、昔話の定番であるかのように広く知られるようになったのでした。

それにしても、「見てしまう」という気の迷いに対して訪れる結末が、哀しすぎるように思うのは私だけでしょうか。「見るな」と「別れ」は神話の時代から切り離せない取り合わせのようですが、主人公たちが犯した禁忌は、そんなにも許されざるものだったのでしょうか・・・・・・。

出会いと別れ。異類との結婚。

日本の昔話には代表的なモチーフがいくつかあります。「鶴の恩返し」「動物報恩譚」というモチーフを有しているとされます(現在のタイトルからしても、動物報恩譚そのものなのであらためて言うことでもないのですが)。主人公が男で、つるとの婚姻が物語の中に含まれる「鶴女房型」だと、そこに「異類婚譚」も加わります。

さて、ほかの動物との結婚を描いた「異類婚譚」。異類が女性となって訪れるという日本の異類婚譚の結末は、大半が「二人の別れ」といわれています。異類婚譚は世界中に見られますが、地域によって結末パターンは様々。男が異類の正体に気づき殺してしまう話が一般的な国も、二人が永遠に結ばれるのが一般的な国もあります。「男がうっかり約束を破ったために去ってしまう異類の妻」、という日本特有のモチーフ。昔の日本人は、自分たちをとりまく自然や動物たちについて、愛しながらも自分たちにはその自然を抑えたり思うままにしたりすることはできないという暗黙の了解をしていたのではないでしょうか。なんともさびしい終わりかたですが、ここには古代日本人と周囲との関わりがかいま見られるようにも感じられます。

見るなのタブーについてはこちらにも書いています。

こうした昔話に見られる深層心理を河合隼雄氏は『昔話と日本人の心』にまとめていらっしゃいますが、この「結婚」に関する内容については「自我の確立」という観点からも考察をされました。河合氏の論考について要約をしているサイトがありましたので、よろしければ参考にどうぞ。

巡り巡っておんがえし

恩返しというと、いかにも日本の昔話らしいという印象を受ける人もいるかもしれませんね。日本の代表的昔話には、動物や無生物からの恩返しにまつわる話がたしかに多い。「鶴の恩返し」に「浦島太郎」、「舌切り雀」、「笠地蔵」。

ところが、古い古い昔話には「恩返し」が盛り込まれていないことが多いのです。恩返しストーリーがよく見られるようになるのは、仏教が広く浸透した室町時代。「すべてのものごとには因果関係がある」という仏教の考え方が、昔話にも登場し、「周囲を大切にした人が幸せになるストーリー」が登場したといわれています。

 仏教思想はさておき、この「いいことをした人が幸せになる」とすべての出来事に縁を見出して前向きに日々を送る人々、そして「恩は返すもの」という義理がたい気持ちをもった人々が、はるか昔の日本で自分の価値観を盛り込んだ話を伝え続けてきたのです。そう考えると、こうした話を語りついだ昔々の名もなき人々に、少し親しみを感じてきませんか…?

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。それではまた来週お目にかかりましょう。

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